砂糖を溶かしたお茶は甘くて当然なのだ


「お砂糖はいくつお入れしますか、殿下」
「そうだね、今日は一つ入れてくれるかな。後、ミルクも」

 丁度お茶を出しに来たアスナは目を丸くしてシュナイゼルを見た。珍しいな、と思ったため少しばかり手の動きが遅くなってしまった。普段なら、ストレートなのに。いや、ストレートと分かっていてあえて確認するのもいつもの事で、まさか本当に砂糖を入れて、という回答が来るとは思ってもみなかった。
「どうかしたのかな」
「……いえ、ただいまお入れ致します」
 ストレートで出そうと思っていた紅茶に当然用意していた角砂糖とミルクを入れて匙で混ぜ合わせる。本来なら、こういった行為は騎士ではなく給仕係専門のメイドや執事の仕事なのだろうが、シュナイゼルは悉くアスナかカノンを呼びたがった。信頼できる人間だからだろうか、それとも、それらが毒を盛らないとわかっているからなのか、どちらにせよアスナとしても都合がよかった。それを口実にここに来れる。くるくる、と円を描いて混ざるミルクの線を眺めながら、アスナは小さく微笑んだ。

「お茶請けにはショートブレットとシェルクッキーをご用意しています。ミルクとショコラの二種類がございますのでお好きな方をどうぞ」

 ブレットとクッキーの乗った皿をテラスの白いテーブルに置く。紅茶のカップは二つ、一つはシュナイゼル用のミルクティ、もう一つはアスナのストレートティだ。ブリタニア宮のガーデンは今、丁度薔薇が満開の時期を迎えていた。その白薔薇を囲むガゼポには今、二人しかいなかった。隔離された、二人だけの世界のように思えた。
 シュナイゼルは手袋を外すと、ミルクのショートブレッドを手につかんだ。手袋を彼が外すのは至極珍しいことだが、アスナの前では別段違和感のある行動ではなかった。いつも、二人きりになれば、皇子シュナイゼルの仮面はいつでもなかったからだ。口に入れるまでを見送って、アスナは紅茶へ漸く口を付けた。
「うん、君の作るショートブレットはいつでもおいしいよ」
「お褒め頂き、」
 アスナの唇に、シュナイゼルの白く、長い指が押し当てられた。そして、優しく数度唇の形に添ってなぞられる。
「今は二人きりだよ、アスナ」
「……シュナ、ありがとう」
 懐かしい呼び名を口にすれば、シュナイゼルはまるで子供のように満足したような顔を見せ、そして頷いた。そうだ。二人きりの時に皇子と騎士であることを強調されることを彼はいつも嫌っていた。昔のままの変わらないアスナのままでいてほしい、それが彼の願いであることをアスナはよくわかっていた。
「こうして時間が作れてよかった。薔薇が散る前に君とこうしてお茶ができてよかったよ」
「俺も。今年は色々あったから」
 思い返せば、大変な一年だった。まだまだ傷の癒えないブリタニア、というよりもエリア11の復興にどれだけの力を注いできたことか。それでもまだまだ足りない時間をうまく使ってこうして穏やかな時間が過ごせていることが何よりも今は幸福なのだろう。大切な人達の犠牲の上に成り立った、平和な時間にアスナはどうしても心から納得できずにいるのだが。カップを掴んでいたアスナの手に、シュナイゼルの手が重ねられた。

「そんなに悲しそうな顔をしないで」

 アスナの手を握りこむシュナイゼルの手はとても優しく、しかし悲しい顔。
「君の考えていることはわかるよ、アスナ。私も同じ気持ちだ。でも、亡くなった人をいつまでも悲しんでいては、彼らも浮かばれないよ。彼らは――君の笑顔が大好きだった」
 もちろん、私も。
 シュナイゼルの大きな両手がアスナの手を包み込む。
「……ありがとう、ごめんね」
「謝らなくてもいいんだよ。君が私と過ごすことで少しでも心を和らげてくれるのなら、私は満足だから。さ、紅茶が冷めてしまうよ」
 にこりと笑ったシュナイゼルはアスナの手を離し、自らの紅茶へ手を伸ばす。悲しんでばかりもいられない、強く生きなければ、とアスナはストレートティに映った自分の顔を眺めて、ふっと微笑んだ。


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