くらくらする熱さに融けてしまう


 二人は雪国、というよりも厳しい冬しか訪れない霊勢の中で育った。故に同じア・ジュールの中でもシャン・ドゥぐらいになってくると気温的に非常に暑く感じるのだ。ア・ジュールはリーゼ・マクシアの中でも寒冷な地域が多いとは言えど、ここは十分、二人にとっては暑い。視察のためにガイアスとアレイスティルはシャン・ドゥへ揃って訪れていたが、アレイスティルは滴る汗を煩わしそうに拭いながら、ガイアスの背中から腕を回して馬の上にまたがる体勢を整えた。
「……顔色が悪いな」
 自分へ寄りかかってきたアレイスティルの顔色を伺ってガイアスが呟いた。彼自身は鎧も着ているのだから暑いはずなのにその表情はといえば、随分と涼しげだ。汗の一つもかいていない理由でも聞けば、心頭滅却だとか言われかねないので、アレイスティルは口をつぐんだ。それをよほど、体調が悪いと思ったのか、ガイアスは並走していた四象刃の一人のウィンガルへ声をかけた。ウィンガルはガイアスの言葉を聞いて一つ頭を下げると、ガイアスは手綱を握り直し、馬の腹を蹴った。

「……暑い」
「鍛錬が足りないな」
「……俺はガイアスと違って肉弾戦闘には向いてないのー」

 付近に四象刃や兵たちの気配を感じなくなると、アレイスティルは少しだらけたようにつぶやいた。そんなアレイスティルの重さを背中に感じながら王の狩場を馬でかけて行くと、風が心地よく頬を撫ぜる。はぁ、と大きくため息を付きながら、アレイスティルは景色をぼんやりと眺める。
「よかったの?」
「何がだ」
「……ウィンガル、怒ってたよ」
 ちらりと見た時、自分を睨みつける彼の顔といったら。これまでに無いほど怒っていたのではないだろうか。アレイスティルはふと、考えながらガイアスの背中から顔を離す。体勢を直して、しっかりと馬にまたがる。本当は自分でもしっかり手綱を取って乗れるが、こういった視察の時はガイアスの背にいることが多い。
「わかっている。――だが、お前もここ連日公務ばかりでは体を壊すだろう」
「……熱中症になりそうだったわ」
 ――暑くて。
 アレイスティルが苦笑しながら言うと、ガイアスはちらりと視線をアレイスティルへ向けてゆっくりと馬の速度を落として、止まった。馬から降りると、アレイスティルへ向けて手を伸ばす。その手を取って、アレイスティルも王の狩場の草原へ足を下ろすと、ここまで自分たちを乗せてくれた馬を優しく撫でる。ありがとう、と心から述べれば、馬がアレイスティルへ向けて顔をすり寄せてくる。
 しばし、それを眺めていたガイアスの隣へ立つと、アレイスティルはガイアスを見上げて微笑んだ。
「……ねっ、ちゅー、しょー」
「……ん?」
 突然のことにガイアスはぽかん、とした。その顔が面白くて、アレイスティルはついつい笑ってしまった。どうしたの、その顔、と言いながらアレイスティルはガイアスの肩に手をおいて、背伸びをするとその唇に自分の唇を一瞬だけ重ねた。
「ねっ、ちゅー、しよーっていうことで」
「……なっ、お前……」
 ガイアスの頬が少しだけ紅くなっているような気もしたが、アレイスティルはそれ以上に自分の頬がたまらなく暑くて、ガイアスから顔をそらした。
「ほら、早く戻ろう! ウィンガルが心配しちゃうしね!」
 急がせるように言って、馬のもとまで歩いて行く。
 ガイアスはそんなアレイスティルにひとつ溜息をつくと、その背を追いかけた。

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