コーヒーとドーナッツとガムシロップ


 ――甘ったりぃ。と阿含が呟くのもおっくうになるほどの砂糖やチョコレート、キャラメルなどの香りが立ち込めるドーナッツショップのイートインコーナー。珍しく気が向いたから、といって紅葉に付き合ったのが間違いだったか、と今更ながらに思うのだが、目の前には長いしっぽのような三つ編みを左右に振って今にもスキップでも始めそうなくらい軽い足取りで自分の前を歩く紅葉の姿を見ていると今日、何度目になるかもわからないため息をついた。その手のトレーには山のように積みあがった真ん中に穴の開いた、輪になっているお菓子……ドーナッツだ。砂糖のかかっただけのもの、チョコレートがかかっているもの、生地までチョコレートのもの、カスタードの入ったドーナッツなどなど、多種多様なドーナッツがトレーの皿の上に山のように積みあがっている。阿含はそれを見た瞬間に、胃液がせり上がってくるような気分になったが、目の前の紅葉はいつもの鉄仮面はどこへやら。ウキウキと肩を弾ませて、山の一番上にある砂糖がこれでもかというくらいかかった生地の中にカスタードの入っているドーナッツを手に取ってかぶりついた。
「……ありえねー」
「おいしいよ?食べないの?」
 口の周り砂糖だらけだぞ、というとえ、嘘、と紅葉はぺろり、と唇を舌で舐めまわした。ジワリと口の中に広がる砂糖の味に紅葉は頬を緩ませる。やっぱり甘いものは素敵だ。とてもいい気分にしてくれる。阿含は山の上からベターな、オールドファッションと呼ばれるドーナッツらしいドーナッツを手につかむと、口にいれた。甘ぇ、と近くに置いてあるブラックコーヒーへ手を伸ばした。
「甘くて当然でしょ、ドーナッツ食べに来たんだから」
「……何だよ、急にドーナッツって。お前、こんなに食うほど、ドーナッツ好きじゃねえだろ。つーか、甘いものそこまで好きじゃねぇだろ」
 むぐ、とドーナッツを頬張る紅葉は正直言って小動物か何かのようで、愛らしいのだろうが目の前の山のようなドーナッツのせいで正直そうには見えない。まさか、これを食べきるつもりだろうか、こいつは。
「たまに無性に食べたくなるんだ」
「……それでこの量かよ」
 呆れて、食べかけのオールドファッションを紅葉の口の中に突っ込んだ。んぐ、と少し顔を仰け反らせたが、器用に口で咥えると手を使わず、そのまま口の中にかみ砕いて入れていくではないか。そのせいで両頬が膨らんで、ハムスターのように見える。
「ぶっさいくな、顔してんな」
ふるひゃいうるさい
 阿含は再度コーヒーを口にいれた。何とかオールドファッションを飲み込んだ紅葉も漸くコーヒーへ手を伸ばす、かと思えばカップに添えられているガムシロップへ手を伸ばした。
 それを見た阿含がうげ、と顔をしかめた。
「てめー、まだ甘くするつもりか」
「んぐ……今日は甘いのが飲みたいの」
 別段、紅葉はコーヒーに砂糖やミルクなんかを入れなければ飲めないわけではない。むしろ父親の影響からか豆にまでこだわる様な奴だ(コーヒーだけではなく、紅茶や日本茶なんかにもひどくこだわりがある)ブラックでも十分に飲めるそれにわざわざガムシロップを足す理由が阿含にはわからない。というか、わかりたくない。今、食べてるものの甘さを考えれば、コーヒーまで甘くしたら……そこまで想像して、阿含は目をそらした。別段、自分がそうしているわけではないのに、口の中が甘くなって、ブラックコーヒーで何とか流し込もうと、試みる。
「結構おいしいんだけどな」
「……お前の外見と中身が釣り合ってねぇ上に、さらに中身と味覚が釣り合ってねぇのが面白い」
「外見と味覚は釣り合ってるだろ?」
 童顔、という自覚がどうやらあるらしい紅葉はもぐ、と種類の違うドーナッツを口に放り込んでいる。鉄仮面、と呼ばれるほど表情の変化に乏しい紅葉の笑顔なんて、阿含でも結構なレアケースだ。それにほだされたわけではない。決して。
 ただ、紅葉がこれを食べ終わったら、自分の行きたいところにつき合わせるだけだ。
 阿含はそう考えながら、ブラックコーヒーを口にした。

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