四季を生きる貴方


 春は、陽だまりに眠くなる。
 やっと終わった冬の名残にうすら寒くなる日もあるのでしょう。でも、貴方は冬が終わったことを喜び、花が咲き乱れるようになるその庭園を眺めながら私に微笑みかけるのです。
「もう少し暖かくなったら、お茶会だね、アスナ」
 当たり前のように私をカウントしてくださる殿下の笑顔。テレビや臣下達の前で見せるそれと違って、少し幼く見えるのはただの私の願望でしかないのだろう。幼い時から共に過ごしてきた幼馴染として、遊び相手として、せめて私の前でだけはただのシュナイゼルであってほしいと思う、私の願望でしかない。
 わかっています。それが罪深いことであることも。それが赦される立場ではないことも。柔らかな暖かさと冷たさを内包した風が庭園を駆け抜けて、私達の肌をなぞり、春の訪れを告げる。薄桃色の花が、風に揺らいでいて。
「お茶菓子は何にしようか」
「殿下のお好きなものをご用意いたしますよ」
 そんな暖かな日を夢見て、私は剣を握る。


 夏は日照りに暑さに喘ぎながら、私は騎士である姿を保つのです。
貴方もさすがの暑さに困ったように眉を下しながら、宮殿の空調の中で書類とにらみ合いをし、冷たいお茶を運んできた私を見て嬉しそうに笑うのです。
「バカンスに行きたいね」
 ふと、思い出したように書類から顔を上げて貴方がいう。どこに行きたい?と続けざまに質問されて、私は困ったように笑った。バカンスを取れるほど互いに暇ではないとわかっているくせに。
「行けるのなら、海に」
「ああ、いいね。泳ぐのかな?君は確か、泳ぎも得意だったね」
 楽しそうに過去に思いをはせている。そうだ、そんなときもあった。まだまだ子供だった頃。ある程度の自由が赦されていたころの話。私も貴方も世界の事を何も知らない、そんなときがあったのですね。
「いえ、泳ぎは。そうですね、眺めるために」
 私はそういう。今は海に泳ぎたいという思いはあまりわかないのだ。海に入れば、どことなく帰ってこれないような、そんな気がしてならなかったから。貴方は何か察したのだろう、私をみて悲しく微笑むと、椅子から立ち上がった。書類が、ばさばさと音を立てて床へ落ちるのに、私も貴方もそれを拾おうとは考えない。
 私に近づいてくる貴方は、かつての面影を残しつつも精悍な男性へと成長していて、私はいつの日もこの心臓の鈍い痛みに耐えながら笑いかけるしかない。貴方の手が私の頬をなぞる度に、針が刺さったかのように心臓がちくり、ちくりと痛む。暖かなあなたの手はシルクの冷たさのある手袋に包まれていて、少しだけ残念だった。
「アスナ、もし、君が海に行くのなら、私も一緒に行くよ」
 そういって微笑んだ貴方は、私に剣を取る決意をさせてくれるのだ。


「楓の木が、綺麗に色づいてきたね、アスナ」
 宮殿の木々が色々な色へ変わっていく秋。少し、木枯らしが吹くと冷たくなってくるこの季節に、貴方はいつもさみしそうに笑うのだ。
「早く、帰ってきておくれ、私の剣」
「イエス・ユアハイネス」
 通信機の向こう側、彼の声が悲しそうに、彼の瞳が寂しそうに揺らいだ。きっと、俺の願望なのだ。これも、貴方にそうであってほしいと願う、俺の希望。貴方はいつだって、そうだった。
 俺は剣を手に取ると決めた。
 この黒い騎士となることを、貴方を守り通すことを自らに誓いを立てた。立ち止まることはもうできない。戻ることも、もう、俺にはできないのだ。眼下に広がる、美しい都市。自国のために、他国を滅ぼす。いくつになっても、何度戦争を経験しても、慣れることのない焦燥感と悲壮感を心の奥に追いやって、俺は完全な剣となる。
 もしも、帰ったら。
 いや、やめよう。これは死亡フラグだ。と適当に笑いながら、コックピットに入りこんだ。いつもの騎士服は置いてきた。コックピットの椅子はいつでも硬くて、いつでも冷たくて、早く帰りたくなる。

「戦いなんて、終わればいいのにね」


 それは、必然の出来事でした。
 冷たい風が肌を撫でて、俺を凍えさせるのです。
 冷たい剣を持って、俺が向かったその先にいたのは貴方でした。

 俺は、裏切りの騎士。


 冷たい冬がやってきました。白い雪が積もる寒い、冬が。
 暖炉の火を絶やすことのできなくなってきたこの季節に俺は部屋で本を読むことに耽るのです。ふと、おなかを撫でました。以前よりも大きくなったそのおなかには新たな命が宿っているから。
 彼らのなしたレクイエムが、新たな明日を作り出した。――それがたとえ、俺の一番愛おしい人を奪っていく形であったとしても。彼らのなしたことは、10代の少年たちがなしたこととは到底思えないほど完成されたものだった。俺はその協力者になれたことを誇りに思う。そして、その礎になる覚悟すらしていたのだが。
「……あなたは未来につなげる子を愛してあげてください、か」
 従弟があれほど大きく育っているとは思いもしなかった。本を読む手を止めると、外に車が停まった音がした。ショールを羽織って、俺は部屋から出ていく。
 これから先も、俺はこの世界を歩いていくのだろう。

「ただいま、私の愛しい人」
「おかえりなさい」

 彼らが作った平和の上で、俺は愛した人を見守るのだ。

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