ただ、花開く幸福を貴方と


 美しい白のトレークと紅い髪と表情を覆い隠すレースのヴェールがかけられて、アスナの表情はうかがえない。純白の真っ白なドレスは今日のためだけに作られた特注のものであり、シュナイゼルは今日という日を楽しみにしていた。
 小さな子供たちからブーケを受け取って、アスナは顔を上げた。
空は晴天、たくさんのハトが飛び交っている。


「大丈夫か?」


 呼びかけられたのは父にだった。ヴァージンロードを歩くのは初めてだな、と少し緊張した様子にスーツの襟を正す父は紅い長い髪をひとまとめにしており、なんだかそんな姿は初めてで、新鮮だった。
「ええ」
「幸せになれよ」
 肩に置かれた手は震えている。それは、この家の闇も、皇族たちの代わりに血を浴びる覚悟をしてきた娘への父からの最後の言葉なのだろう。アスナは小さく頷いて、父に笑いかけた。
 父の腕に手を添えて、大きな教会のドアが大きく開かれるとそこには白いタキシードを見に纏った長身の男が一人――この国の第2皇子シュナイゼルだ。アスナは父と共にそこまでゆっくりと踏みしめるようにして歩いていく。両脇にはたくさんの列席者がいて、ユフィや、コーネリアの姿も見える。なんだかんだと、お小言を言いながらもアスナの身の事を心配してくれていたコーネリアの瞳にはうっすらと涙すら浮かんでいるのか、時折目じりを抑えては、ユフィが笑いかけていた。
 シュナイゼルの前に立つと、アスナはふとその顔を見上げた。
 美しいロイヤルパープル――皇族は紫色の瞳の子が多く、ブリタニアでは紫の瞳の事を皇族の証として呼んでいるため、こういわれる――が柔らかく細められ、アスナを見つめていた。父の腕から、シュナイゼルの腕へ。託される瞬間に、アスナは少しだけ戸惑った。――躊躇った。
「……アスナ?」
 幸せになることに躊躇があった。その手を伸ばせば、きっと彼は、シュナイゼルは全身全霊で自分を守り、愛してくれるのだろう。だが、それに享受していていいのだろうか。自分は、彼を守るための騎士であったはずなのに。
 ――その思考すら見透かされたかのように父の手が、アスナの背中を押した。
「行って来い」
 優しい声だった。振り返ることも許されず、アスナはシュナイゼルの腕を取った。にこりと、微笑みかけてくれる彼の笑顔に、アスナは泣きたくなった。ああ、自分は戦うことをやめられない性分なのだとも、自覚した。だから、きっと。

「新郎シュナイゼル・エル・ブリタニア、あなたは新婦アスナ・シュヘン・ガル・クラウンが病めるときも、健やかなるときも愛を持って、生涯支えあう事を誓いますか?」
「誓います」
 誓いの条文が述べられる。
 シュナイゼルは間髪入れることなく、宣誓した。その様子が、あまりにも昔から変わらない彼の愛の大きさを示しているようで、アスナは苦笑した。
「新婦アスナ・シュヘン・ガル・クラウン、あなたは新郎シュナイゼル・エル・ブリタニアが病めるときも、健やかなるときも愛を持って、生涯支えあう事を誓いますか?」
「……誓います」
 少し、間が空いてしまったのは許してほしい。愛は誓う。
 時が二人を分かつその日が、たとえ何が起こったとしても、自分はシュナイゼルのために生きて、そのために死んでいく。――その騎士の誓いだけは果たしてみせると。シュナイゼルの手が優しく、ヴェールを取り去った。その優しいロイヤルパープルの瞳がこれから先も優しいものであってほしいと、アスナは静かに願う。
 誓いのキスはそっと触れるだけ。
「愛してるよ、アスナ」
 柔らかく微笑んだ。
「俺もだよ、シュナイゼル」



 今日は晴天。ハトが飛び交う平和の日。
 アスナはシュナイゼルに抱きあげられて、その道を戻る。
「重たくない?」
「平気だよ、アスナ」
 にこりと笑う彼の手が、少しばかり震えている気がして、アスナは笑った。

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