俺のはどこまでも続いている


 それは一瞬の刹那。二人の双子座の攻撃が交錯する。その威力は星をも砕き、長き因縁に決着をつけようとした。それは長き、長い、夢も終わりだったのかもしれない。私はただ、それを見守ることしかできない。力のない女神だと悔いることすら私にはおこがましい。彼らは自らの意志で、その道を選んだのだ。

「やはり、結末はこうだったな」

 兄の声が響く。結末は決まっていたのかもしれない。ただ、私は静かにそれを見つめよう。その運命を、その宿命をただ、私の目で、心で刻んでおこう。影として生きた貴方の姿を、最後まで、その最期の瞬間まで。涙など、見せてはいけないのだと。
「これでいい」
 ああ、なんて穏やかな声なのだろう。彼の姿が消えてゆく。

 兄の影。
 兄の模造品。
 同等の力。
 半身。

 私が愛した人。
 兄の魔拳の呪縛を問いて、彼は消えてゆく。おそらくそれは、最後の小宇宙だったのだろう。私が目をつむった先、そこに立っていたのは――デフテロスだった。

「……泣いているとは思わなかった」
「泣いてなんてないわ」

 強がりを許してほしい。貴方の居ない世界に行く私の最後の強がりを許してほしい。
 涙で滲んで貴方が見えなくなるなんて嫌だった。だから、必死で笑っているの。
「そうか」
 貴方はいつもそうだった。
「アレイスティル」
「なぁに?」
 笑っていよう。笑っていたいの。せめて、貴方の前では――朝を信じている女神でいたかったの。
「ありがとう」
 ああ、嗚呼。
 そんな、美しい笑顔で笑わないで。満足そうな笑顔で私を見ないで。貴方は私にとって模造品などではなかった。私にとってはずっと、ずっと、ただのデフテロスだった。愛おしくて、恋して、ただ、焦がれて。貴方に触れられない私は、どんなときでも貴方を慰めることなんてできなくて。
「ありがとう、俺を愛してくれて」
 私の我儘をいつも許してくれた人よ。
「ありがとう。俺の傍にいてくれて」
 優しい人。
 私の気持ちを笑わないで聞いてくれた人。――でも、いつでも、スルーしてくれたけれども。

「俺は貴方を愛している」

 涙がこぼれていく。
 光の中、涙がたくさん溢れておいて、デフテロスの手が、私の頬の涙を拭っていく。さわれないはずだったのに、きっと彼が死んでただの小宇宙だけになったからだろう。だから、これがきっと最期なのだ。彼と触れ合うのも、彼と話をするのも。
「ねぇ、デフテロス」
 覚えてる?
「私ね、暁の女神だったの」
 きょとんとデフテロスは驚いた顔を浮かべて、どことなくその顔が昔、幼いころに見た穏やかなデフテロスの表情によく似ていて――というよりも全く同じで、少しだけ嬉しくなった。

「私は貴方に朝を呼べたかしら」

 笑っていたい。最後まで、夜から朝を呼ぶ女神でいたい。あなたに恋をした愚かな女神をどうか許してほしい。私の呪いのせいで死にゆく人よ。どうか、どうか――
「ああ、ちゃんと朝が来た。――ありがとう」
 抱きしめてくれたその腕はたくましくて、暖かくて。


「愛してる――そして、どうか、兄を、半身を頼む」


 再び目を開ければそこに立っていたのはデフテロスと同じ顔の男。彼は何か言いたげに私を見つめて跪いた。その動作には彼にはない気品のようなものを感じる。
「暁の女神エオスよ――どうか、弟に朝を呼び、見守ったように、私に朝が来るのを見守ってはくれないか」
 それは覚悟を決めたものの目。
 戦うことを決めた人の目。
 私はただ、願う。

「――はい、お供します。アスプロス、貴方に朝が来るまで」



貴方のは漸くやってきたの


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