『男娼は恋をしちゃいけない。だって、辛くなるじゃない。恋したら最後、ずっと自分を騙さなくてはいけないのさ』
 狂児の肌の温もりを知るようになって、その言葉を深く痛感するようになった。
誰かに抱かれるのなんて、俺にとって日常茶飯事のこと。
なのに、狂児じゃない男の手に嫌悪感を感じ行為が終わった後は吐き気を催した。苦しいと、1人膝を抱え泣いてしまった。
おかしい。何かをなくした訳でも痛めつけられたわけでもない。
なのに、心臓が痛い。
狂児の温もりを知ってから、嘘をつき続けるのが苦しくなった。

 愛してると言われれば、俺もだと答えてしまいたい。
狂児の愛の言葉が本当であればいいと思いつつ、けれど自分は嘘ばかりついている。弱さなんてみせられないと、狂児から与えられる優しさを突っぱねて。心の中ではもっと求めて欲しい、自分も求めたいと叫んでいる。

狂児に幸せになってもらいたい。
俺なんか嫁にしたら、そんな普通の幸せだって手に入らない。
自分の幸せよりも狂児が幸せになって欲しい。そう思っているのに。奥底に隠していた弱い自分も囁くのだ。俺も狂児と幸せになりたいと。

 狂児から身請けの話を持ちかけられる度に断ったのは、自分に対する弱さにへの“抵抗”でもあった。
店の親方が「お前の噂も大きくなりすぎてそろそろ隠しきれなくなるから、大人しく狂児のものになってしまえ」と忠告していたが俺は自分の為にその忠告を無視して、仕事を続けた。


 だからこれは、素直になれない報いだったのかもしれない。
せっかく神様から貰えた奇跡を不意にしているバツだったのかもしれない。
俺のことが気に食わない男娼と、“極上の男娼”を狙う奴らが共謀し俺は攫われた。
俺を狙っていた男たちは、俺の素顔に落胆していたが、俺の身体を抱けば他の男同様夢中になった。
身体だけじゃ飽き足らず、やがて男たちは素直じゃない俺に言うことを聞かせるために、俺の身体に媚薬を塗りつけた。

『この薬は男の精を受けるまで狂い続ける薬だ。身体が疼いてそのままにすれば精神が可笑しくなるらしい。
お前の方から俺達に抱いてくださいといわない限りずっとこのままだぞ』

俺の矜持までも奪うような男たちに、俺は必死に抵抗した。
俺は確かに男に身体を売る男娼だった。でも、心までは誰にも踏みにじられたくない。どんなに金を積まれたって、殺されそうになったってこの心だけはやらない。
 脳が焼け付くほどの疼きに身体の熱は醒めなかったが、俺は最後まで男たちに助けを求めることはなかった。
自分から抱かれるなら、狂児がいい。狂児以外求めたくない。

心の中で、何度も狂児を呼んだ。狂児ならば、俺を探しにきてくれる。絶対に探し出してくれる、って。どこにも保証なんてないのに俺は狂児を信じ続け狂児を待っていた。

 だから絶望の中で狂児が助けに来てくれた時、それまでけして男たちには涙なんて見せることがなかったのに溢れる涙を止めることができなかった。




媚薬を使われた俺は、店には戻らず狂児の家に運ばれた。
悶え苦しむ俺を見て、医者を呼ぼうかとしていた狂児を止めた。

「誰かに抱かれないと、この熱は収まらないって…」
「…くそ、変なもん使いやがって。大丈夫…じゃないよな」
狂児がおそる恐る俺の身体に触れる。それだけで身体は敏感に反応し、口からは熱い吐息が溢れた。

「誰か呼ぶか?」
「誰か…?」
「お前が好きなやつ。抱かれたいやつだ。言え。
連れてくるから」

狂児は苛立たしさを顔に出しながらも、俺の身体を支えながら俺の答えを待っていた。
真っ直ぐと俺の顔を見つめる狂児の顔は、迷いなど見えない。
俺がその好きな人とやらを言えば、嫌がってでも連れてきてしまいそうだ。嫌々ながらに、それでも俺を思って。
馬鹿だなぁ狂児。どこまで馬鹿なんだよ。
苦しげな吐息を零しながらも、口端があがる。

「俺が好きなのは…」
おまえだよ。
口にできずに、狂児の服を引張り口づけた。


「抱いて欲しい…狂児に」
いまだけはどうか、俺の生意気な口も素直でいてくれますように。
そう願いながら

「狂児しか、いらない。抱かれるなら、お前がいい。お前以外嫌だ」
「後悔しないのか?」
「しない…」

だって、俺が欲しいのはお前だけだから。
お前以外に抱かれたくない。それが嘘つきな俺の本当の気持ち。

「お前が欲しい」
その言葉を合図に、狂児は俺の身体を床へ押し倒した。


グチュグチュと淫猥な水音。
何度となく最奥に精を吐かれたのに、まだ足りないとばかりに狂児のモノは強度を保ったまま俺の身体を貪っていく。
深く刻み込むような刺激に、俺は流されないように狂児の肩を掴んだ。

「キツイか…?」
「ううん。大丈夫」
圧迫感はあるけれど、それよりも狂児を受け入れられたことが幸せで。俺は「もっと」と狂児に強請る。

「何度俺を抱いても、俺を見てーー。俺を欲しがって」
俺の懇願に狂児は愛おしそうに目元を細めた。
狂児はやっぱり誰よりも優しかった。




「お前に抱かれたくなかった」
交わり合って初めて俺が口にした言葉に、狂児は少し不機嫌そうに「そうかよ」と呟いた。
あんなに激しく抱き合った後に好いている相手からの言葉が甘い睦言でもなくて辛辣な言葉なら、普通の男はむっとするはずだ。それに抱けと言ったのは俺の方なのに、終わった後にこんなことを言われれば誰だっていい気はしない。
狂児の反応は正しい。
俺達の間に、重苦しい沈黙が流れた。

「俺じゃ満足しなかったか?」
問われた言葉に首をブンブンと横に振る。
媚薬でよがり狂う俺を、狂児は気遣いけして無理なことはさせなかった。俺を優先して、俺が苦しげな声を漏らせばその度に大丈夫かと心配していた。


「そうじゃない。言っただろ。俺の身体は特別なんだって。あいつらが変なことを企てたのも、全部俺のせいなんだよ。前に襲われたのだってそれが原因だった。俺は面倒くさい男なんだよ」
俺は自分が噂の男娼だとばらした。
俺の身体を抱けば、皆その身体に狂ってしまうこと。
俺を好きでもなかった男も抱かれればすぐに夢中になってしまうこと。狂児には、そんな盲目状態になって欲しくなかった、好きだから最後まで抱かれたくなかったと、それまで秘めていた想いも全て隠さず伝えた。
こんな面倒くさい俺なんて、好きになるだけ無駄だよって。

「馬鹿か」
俺の渾身の告白に対し、狂児は心底呆れたように呟いた。

「なんだよ、馬鹿って俺は真剣に」
「お前と抱き合っても、俺は何も変わらない。
ずっとお前に惚れていて、お前に夢中なんだから。何度抱き合ったって俺は俺だ。お前の身体に狂うことはない。今だって、普段通りだろう?」

確かに、今まで抱かれてきた男のように俺の身体を前にギラついた視線はない。布団のうえ、俺の隣にいるのはいつもの穏やかな狂児であった。


「だから、お前は安心して俺の嫁になればいいんだよ。
俺以外の男がみんなお前を抱いて可笑しくなるなら、俺だけがお前を抱けばいいんだ。他のやつなんて抱かせてやらねぇ。
男娼なんて辞めて、俺だけのものになればいいんだ。
もうお前が傷ついているのは、見てられない」
「俺が傷ついてるって…ーー?馬鹿じゃねぇの?そんなの…」

笑おうとして、上手く笑えずに俯いた。
おかしい。こんなの簡単だったはずなのに。
俺はおかしい。お前に抱かれてから。


「ーーなんで、あんたはわかるんだよ。そうだよ。あんたのせいで俺、もうほかの人間に抱かれたくなくなっちまったんだ。男娼だって誇りはあった。金さえ手に入ればいいってそう思っていたのに。今じゃ、あんたのことばかり考えてる。なんでもないように誘ったけど、あんたと初めて肌を合わせた日が俺が初めてだよ。全然、“大したことない”ことじゃなかった。俺にとっては…。大好きなお前と、抱き合える奇跡みたいなもんだったんだよ」

勢いよくまくし立て告げれば、狂児は満足気に笑い俺の髪を梳く。
その顔がちょっと憎たらしくて、俺はぷいっとそっぽを向いた。

狂児は「可愛いなぁお前」と言いながら俺の耳朶や頬にキスを落としていく。
所有の印のように残る痕。
今までは仕事柄つけさせることを許可しなかったけれど、俺は何も言わず狂児の好きにさせた。


「俺を一生、お前の側にいさせろ」
「俺はお前に幸せになってほしいんだ。だから…」
お前の隣にいるのが俺でいいのか不安なんだ。
俺のそんな弱音を言わせないように狂児は
「じゃあ、一生お前が側にいないとなぁ……。
俺の幸せのために、ずっとそばにいてくれ」
と懇願する


「でも、俺は素直じゃないし…。お前が望んでも子供だってできない。学もないから男娼を辞めてお前に捨てられたら、どうすればいいんだよ」
「素直じゃないのはわかってる。それでも俺はお前を可愛いと思うんだから仕方ないだろう。どんなお前だって可愛く見えちまうんだから。お前と抱き合う前から、俺はお前に夢中だよ。
子供なんて別にいい。1番欲しいものが手に入らないのならいらない。俺が一番欲しいのはお前だ。捨てることもないから安心しろ」

俺を抱く腕に力が籠もった。
離さない。そう告げているようで

「俺も、お前の側にいたい。ずっと」
俺の口はようやく嘘じゃない言葉を狂児につげた。

百万回の愛してるを君に