小さいころから僕は、本当に泣き虫だった。
泣いて泣いて、ただただ自分ではどうしようもない出来事に泣くだけしかできなくて。僕は延々と泣き続けた。
泣けば、いまのこの現状が、すべて終わると思ってた。
泣いていたら、誰かが僕を見つけてくれて、助けてくれる。
いつかは、こんな僕でも笑うことができるって。
今までのあった事柄なんてチャラになってしまうくらい、幸せになれるって。

いつかは、このおかしなゲームみたいなこと、終わりがくるもんだって、そう信じていた。
そうじゃなきゃ、終わることのない苛めに心が屈してしまいそうだった。



人間、どうしても逃げられないことってあると思う。
受験だったり就職だったり。
僕にとってのそれは、幼馴染である彼らがそうだった。僕にとって彼らは蜘蛛のような存在だった。
彼らはまるで蜘蛛のように執着で、獰猛であり、獲物として捕らえた僕に対し一片の容赦もなかった。
まるで美しい蝶のように華やかな彼らだったけれど、中身は非道な蜘蛛で。
彼らがしかけた蜘蛛の巣にむざむざひっかかってしまった僕は、羽を無視られた蝶のように、自由をまるごと奪われてしまった。
彼らは嫌がる僕の羽をもぎ取って、2度と羽ばたかないようにグルグルと蜘蛛の巣に僕を雁字搦がんじがらめにした。
けして、動けないように、間違えて飛んでしまわぬようにきつくキツく、彼らは僕を拘束した。

大空を夢見て、手を伸ばし必死に蠢くのだけれど、身体は拘束されて逃げ出す事はできない。
逃してとどれだけ懇願しても、彼らは捕らえた獲物のいうことなんて聞いてはくれない。空は遠くて、掴もうとした手はなにを掴むことなく虚しく虚空を切った。
彼らは蜘蛛の巣でもがく獲物を、ギリギリのところでいたぶり、飼いならすようだった。
まるで、彼らの蜘蛛の巣が本当の僕の居場所だったとでもいうように。
動けぬ僕を縛り付けて、蜘蛛の糸をより強く結びつける。
蜘蛛の巣などを住処にしたくないのに、いつしかここしか僕の居場所はないと諦めの境地に至り、抜け出す気持ちも消えていく。
いつしか、捕らわれている日常が、僕のなんでもない1日≠ノなっていく。


小さい頃、僕はひたすら、泣いた。
彼らから与えられる傷に、泣き虫な僕は1人泣き続けた。
いつか、こんなことが終わったら。
過去を取り戻せたら、と。
自分では動くことはなく、ひたすら、いることのない誰かに祈っていた。
どうか助けてください、と。


泣くだけしかできずにいたちっぽけな存在の僕だったけれど、こんな僕にも些細な夢があった。
いつか、僕を守ってくれるような人とずっと一緒にいたい。
この悪夢のような生活から抜け出したい。
たった1人でいい、ただ1人だけでいいから、どんなことがあっても僕を好きでいてくれる人に巡り会いたい。
そんな人と、この蜘蛛の巣から逃げ出すことができたら。
自由の世界に笑って歩くことができたら。
そしたら、卑屈になんてならず自由を前にしっかりと歩ける。
そう、ずっと、途方もないゆめを見ていた。

死神が僕の前に現れるまでは。
死神が、僕に魔法をかけるまでは。




*死神は、泣くことを忘れた子羊に手を差し伸べる*



社宅は小さな、社会である。
父さんが昔、僕に言った言葉だ。
社宅ってのは、会社が用意した住宅であり、そこには同じ会社の人間が住んでいる。
会社での地位は、そのまま社宅でも受け継がれる。上司が口にするルールがそのまま、社宅のルールと変わる。
上司の家族へ失礼がないようにしなければならないし、ゴミ出しなんかも凄く気にしないといけないし、騒音も立てられない。
ご近所トラブルはご法度だし、小さな粗相もできない。
休日にばったり上司とあったら、上司を優先してお前達の用事よりも優先してしまうかもしれない。
凄く不便かもしれないけれど、父さんについてきてくれるか…。
そんな父の問いかけに、住めるならどこだっていいと、父さんの引っ越しに賛成した僕。
だけれど、もしもあの時僕が絶対に嫌だと父さんの引越しを止めていたら、今頃違う未来もあったのではないだろうか…と、今でもあの時の言葉を悔やむことがある。


社宅は小さな世界。
いや、僕にとっては牢獄だった。
絶対に逆らうことができず逃げ場のない、牢獄。
僕は小学生の時、父の転勤でその世界に突然放り出された。
僕の悲運は、その社宅に入ったことから始まったんだ。

    

「…震えているね…?可愛いな天馬は。ほんと。
ほら、もっと口あーんしようか…?天馬」

自分より身体の大きい5人組囲まれて、僕のカラダはいつだって行われる行為を前に、硬直してしまう。
初めてのときも、何百回と彼らに抱かれた今も、その行為になれることはなかった。


 僕の名前は、鷲見天馬《わしみてんま》
そして、僕を集団で囲い込みその体を女のように抱くのが、父さんの会社の社長の息子である清川玲央《きよかわれお》と、父の会社の直属の上司の息子の千葉真理亜《ちばまりあ》と福岡鷹人《ふくおかたかひと》と海道公康《かいどうきみやす》と牛川《うしかわ》リオン、幼馴染の5人である。

5人は、知り合ってからずっと僕にべったりだった。
僕ら家族が社宅に越し、五人は早々僕に近づいてこういったのだ。

期待以上に可愛いね、と。
肉食獣のような視線で、僕をじっと観察するように見つめていた。


『可愛いね、ねぇ、てんま。僕らの玩具になってくれないかな?一生、大事にするから』
そんな言葉を無邪気な顔いって、彼等は僕に有無も言わすことなく、「イエス」の返事を強要した。
ただでさえ、引越しで新天地で知り合いもおらず不安だった僕に、彼らは逃げ場をなくし、追い詰めた。
鬼ごっこだよ…と追いかけ回され、宝探しゲームだと物置に隠されたこともある。トレーニングだからと言われ、真冬のプールに投げ入れられたこともあったし、裸で外に放り出されたこともある。虐めまがい…、いやあれは虐めそのものだろう。
僕は彼らから、数え切れないほどに嫌がらせを受けた。


『なるでしょ…?ねぇ、いやなことされたくないよね?』
『はい』

絶対的な言葉で、僕はあいつらの所有物となった。
あいつらは、僕のご主人様で、僕はご主人様のいうことを絶対に聞く下僕になったのだ。



『や、やだっ……』

抵抗する僕に、5人は…

『あはは。なに、怖がってるの?うさぎちゃ〜ん。俺たち、なーんもひどいことなんかしないよ?うさぎちゃんが、いい子でいてくれるんならな』
『うわぉ、日本人の肌モチモチダネー。
餅肌言うのかな。肌もスベスベダ!ほら、鷹も触ってみなヨ!』
『……あ…あぁ』
『凄い白肌ですね。
この綺麗な肌を隅々まで痕を残したら、きっと天馬はもっときれいになりますよ…」

最初は、暴力で。
年齢を重ねるごとに僕を辱める行為へと変わっていった。
僕は童貞をなくすより先に処女を失ったのだった。

こんなこと、なにが楽しいんだろう。
歪んでいる。
どうして、こんなことするんだろう。
おかしい。
嫌がる僕にこんなことして、一体なにがいいんだろう。
なにが、そんなに彼らを動かすのだろう。

彼らは性格は最悪だけれど、人に異様にモテた。
5人が5人とも特徴を持った美形で、彼らに抱かれたいと思う人間は男女問わずいた。
人混みの中でも、埋もれないくらいのオーラもあったし、5人が5人とも、一見非の打ち所がないくらい完璧な人間だった。
だから、制欲処理ならば、僕じゃなくてもいいと思うのだけれど、たまに僕以外を抱いていることもあったけれど、彼らは僕を自由にしてくれることはなかった。
玩具という存在であるのに、彼らはいつまでたっても子供の頃のオモチャを手放そうとはしない。
誰一人として、僕の前から消えてはくれないのだ。


「やめてっ……やめてよぉっ」
「いい加減、認めたらどうだ?
抵抗したって無駄なことを。
お前ごとき、俺たちにかかれば、簡単にすっぱだかにできるんだよ。
お前がどれだけ抵抗しようったってな」

そういって、僕を殴りおとなしくさせるのは、社長の息子で五人の中のリーダー的存在で、1番凶暴で口が悪い、清川玲央だった。
清川は僕より一つ上なんだけど、子供の頃から体格も顔も僕なんか比べものにならないくらい大人っぽかった。

日焼けした肌に、どこか危険な感じがする男らしいワイルドな顔。
一番体格がいいのは寡黙な福岡なんだけど、喧嘩っ早かったり一番沸点が低いのは清川だった。社長の息子ってことで、他の4人からも、一目おかれているらしい。
彼には誰も逆らえなかったし、皆彼の手下みたいに集団で僕を囲っていた。
誰も彼も清川には逆らえない。
清川は、神様なのだ。
神様にはけして、誰にも逆らうことなど、できない。

「天馬、なぁ…今日はナニ、したい?」
清川は僕の身体に馬乗りになりながら、僕の顔を覗き込んだ。
ギラギラと清川の目が血走っている。
まるで、獲物をみつけたライオンみたいだ。
さしずめ、僕は牙を建てられた哀れなウサギだろう。


「ほら、脚、開こうね?天馬」

にっこりと、笑いながら、僕の足を開かせるのは海道公康だ。
彼はカナダと日本のハーフで、周りからは、海堂王子様と呼ばれている。その甘いマスクは、半分日本の血が入っているはずなのに、現実離れしており、まるでファンタジーの世界から飛び出してきたように美しかった。眉毛も女の子みたいに長いし、顔も小顔で、顔を引き立たせるように背もすらりとしている。
時折、友人に頼まれて、モデルの仕事をしているようで、この町以外でも彼のことを知っている人は多かった。
そんな有名人の彼も、毎回かかさず清川たちとともに僕の虐めに加わる。
こんなこと、世間に知られれば格好のスキャンダルだというのに。海道は僕とのことがばれてもいいのだろうか。僕がいつまでたっても新聞社に垂れ込まないと信じているんだろうか。彼は有名人になっても、僕から離れることはなかった。

いつか終わると思っていた子供のころの残酷な遊びは、僕が大人になっても、続いていた。

こんなこと、父や母には、言えなかった。
言ったところでどうしようもないと、僕は諦めていたんだろう。
社長の息子の清川を筆頭に五人の父親は、僕の父なんかよりももっと上の立場の人だった。
僕が言ったところで、父はきっと上司の顔を潰すから、僕に我慢しろ、と言っただろう。
わかってる、僕の父さんなんだから。
子供よりも自分の面子が1番なのだ。


学校の先生にも相談しようと思ったが、あいつらはみんな外面が良かったり成績が飛びぬけている優等生だった。
僕を複数でいじめるどうしようもないやつらだが、他人から見れば容姿よし性格よしの完璧な人間で。やっかいなことに学生にも関わらず彼らには熱狂的なファンクラブみたいなものもあった。
彼らは人前では僕を凄く大切に扱って見せるし、周りには大事な幼馴染と公言しているから、よりたちが悪い。見当違いな嫉妬で呼び出されることも少なくなかった。

頭がよくスポーツ万能で、リーダーシップもあって、お金持ち。
そういう人間がクラスの中の中心人物になる。
僕と同じ社宅に住む幼馴染≠ナある彼らも例外ではなくて。
結局、僕は誰にも相談出来ず一人ただ流されるようにあいつらの言いなりになっていた。


嫌がる僕なんかよりも、頼めば喜んでいいなりになる人間がいただろうに。
戯れに女を抱くことや彼女がいた期間もあったのだが、彼らは僕を手放すことはなく、僕に自由はなかった。
彼らは時折思いついたように女を抱いたり、彼女を作ったりするのだけれど、最後にはまた僕のもとに戻ってきた。


百万回の愛してるを君に