ミムラさんは、どうして待ち合わせ場所にこなかったのでしょう。
時間を過ぎても来なかったので、電話したかったのですが、案の定電話は通じず。
ミムラさんからの連絡もありませんでした。

ミムラさんの身に何かあったのでしょうか。
それとも、僕はからかわれていた…?

鬱々としたまま、その日の夜は更け…、
翌日の夕方。ミムラさんからの電話がありました。

「ミムラさん…、」

どうして、電話くれなかったの?


「飛鳥…」

ミムラさんも、おずおず、といった具合に僕の名前を呼びます。

「「あの」」

同時に発した言葉。

「お前からでいい」
「いえ、ミムラさんからで」
「お前からでいいって」
「ミムラさんからで」

お互いに譲り合う。
たぶん、僕は聞きたくなかったんだと思います。
昨日、ミムラさんがどうしてこなかったのか…。

来たくなかった、とか、やっぱり会いたくなかったなんて言葉聞きたくなかったから。

「…お前、昨日何かあったのか」
「え…」

根負けして、先に話したのは、ミムラさんでした。
ミムラさんの言葉に、僕は、え…?と呆ける。


「俺はずっと待っていたのに」
「…待ってた…?」
「昨日、ずっと会いたいっていっていたじゃないか。だから俺は待ってたんだぞ。6時間も」
「6時間…も…?」
「でも、お前は来なくて、6時間たって、電話すれば、いいことに気づいて。んで電話したにも関わらず、お前は電話に出なくて…、俺は心配で…」


6時間も…待っていた?
そんな…。僕だって待っていた。
でも、薔薇を持った人なんて来やしなかった。
どこにも。

「僕だってずっと待っていたよ。バラを持った人、待ってた」
「は?」
「駅前の時計下。薔薇を持って。ちゃんとわかりやすいように、赤いマフラーも巻いて。入れ違いになっているかもしれないからって、周辺とかちゃんと見たんだから」

でも、それらしい人はいなかった。駅前で薔薇なんか持っているのは僕だけだったのだ。
すれ違ったのだろうか。それとも、見落としていた?


「俺だって…待ってたぞ。ほんとか」
「ほんとだよ!」
「ちょっと待て、待ち合わせ場所と時間言ってみろ」
「葉山山駅時計下」
「だよな…」

そうだ、あれだけ前日確認したんだもん。

「そうだよ、12月15日土曜日の1時だよ」

ちゃんと、手帳にも書いてある。
忘れないように、って決めたその日に書いたんだから

「え…。昨日は…月曜日だぞ…」
「え…?」

昨日は、月曜日?
嘘。だって、昨日は土曜日。学校もなかったし。

「昨日は土曜日だよ…?」
「は?月曜日だぜ。カレンダーにそう書いてるし。間違えるわけないだろ。今日会社いったしよ」
「それって、去年のカレンダーなんじゃないの?」
「はぁ…?お前の方こそ…ちゃんと…、って、ほら、今年、2022年のカレンダーだぜ」
「へ…?」

2022年?なに、言ってんだろ、ミムラさん。
こんな冗談言う人だったかな。待ち合わせ場所に来なかったくらいで…。

部屋に飾られたカレンダーを見る。
やはり、2012年だ。


「なに…言ってんの。今年は、2012年だよ」
「お前こそ、何言ってんだよ…」
「ミムラさんこそ…」

ミムラさんも、僕も、お互いを疑うような口調に変わる。
10年後。誰がそんな嘘に騙されるものか。

「そんな十年後なんて…」

顔も知らない、合ったこともない人。
なのに、わざわざ、どうして、こんな嘘…。
来れない予定があったのなら、素直にいってくれればいいのに。

「ほんとだ。嘘つく必要がどこにある」
「昨日、会えなかった言い訳として、」
「そんな嘘俺がつくか。いけなかったら素直に謝る。」
「でも…そんな、僕をからかっているとしか・・・、…だって、2022年っていう証拠は?」


何か決定的な証拠でもあれば、信じられるんだろうけど。
いきなり、僕の今いる十年後、とか言われてもピンとこない。
というか、昨日約束を忘れていて、僕をなだめるためについた嘘だとしか考えられない。

え…なに。もしかして。ミムラさんは十年後の人で
何故か十年後のミムラさんと電話が出来ているってこと。
そんなバカな。
SFじゃないんだから。


「お前だってないだろ…証拠なんてさ」
「それは…、でも…」
「俺の証拠はそうだな…ちょっと待ってろ、調べるから…」
「調べる…?」
「ネットで…、っとあった。十年前の今日だな…。んんー今日の出来事言っても仕方ないから、明日の出来事な。明日は…−」

ミムラさんはカタカタ、とパソコンのキーボードの音をたてながら、明日の出来事≠言う。
明日起こるであろう、事件と出来事を。

「そんな…嘘、」
「明日になったら、わかるだろ。俺が嘘だったらさ」

電話口で密かに笑う気配。
ミムラさんは好きだし、いい人だ。だから、信じたい。
でも…ふつう、十年後、だなんて信じられない。
あいにく、僕は現実主義だ。
本を読むのは好きだけど、科学的にありえないことは全て信じない人間だった。

だから、その日のその言葉は、ミムラさんが作ったでまかせだと思って聞いていたんだ。


まさか…。
まさか、本当に起きるものとは知らずに。
ミムラさんは未来の人間なんて信じられずに。





こういうのなんていうんだっけ?
タイムトリップ?うんん、違う。
だって、誰もトリップなんてしていない。

電話が繋がるだけなんだから
十年の歳月を経て、電話しているだけ…。


「よぉ、キノ」

つぎの日の夕方、ミムラさんは、またいつも電話をくれる時間に僕に電話をかけてきた。

「こんばんは」

僕は、ゆっくり、とかみしめるように返事を返す。

「どうだった?あたっていたろ…?」

悪戯っ子のような、物言い。でも、当たっていたのだ。ミムラさんが言っていたことは。

今日起きた政治家の汚職から、諸外国の争い、宝くじの当選番号から、全て。

「…、うん…」
「やっぱりな。だから言っただろ。2022年って。」
「でも、」
「ほかにも聞くか?いいぜ、お前が信じるまで続ける?」

尋ねるミムラさんにいいえ・・・、と答える。

「俺はお前から見たら未来の人間なのか。未来人?」
「未来人って…」

でも、まだ確証がない。だって、今日言っていたミムラさんの話は、もしかしたらマスコミ関係の人なら知ることができたかもしれないし。

それに、たまたまの出来事だったなんて事もある。
しかし、たまたま、充てられたんだろうか…。

十年後の世界、だなんて、ファンタジーの世界の話過ぎて、実感が湧かない。


「キノ…」
「貴方は信じてくれるんですか?僕が過去の人間だということを。もし本当に2022年の人間だったとしたら」
「いや…半信半疑なんだが…」

彼だって半信半疑だろう。
もし、彼の言葉を信じるならば、彼だって、2022年の人間だ。
それが、いきなり、2012年の人間が現れたんだ。吃驚、というか信じられないのが普通だろう。

ミムラさんは、はたして嘘をついているのか。それともこの話は本当なのか…。
決定打がない。


「10年前なら…本当に十年前なら、さ」
「はい…?」
「お前は、葉山学園の、3年生、なんだよな…?」
「そうです…けど」

そういえば、ミムラさんは、うちの学校のOBだって言っていた。
今26歳といっていたから…十年前は、16歳。

あれ…?

「同級生…?」
「…いや、俺は多分2年だ。早生まれだから。」

そうか…。
ミムラさんの年は26歳だといっていた。その10年前だから、16歳という事になる。
つまり、今高校三年生の僕よりした。学年は一つ下なのか。


「それでな、キノ。お前の知り合いに、木下飛鳥っていないか…?」

木下、飛鳥?
知っているも何も、僕の名前だ。


「俺、彼に」

何か言葉を続けるミムラさんに、

「それは、僕です…」

そう、返事を返すと、一変して、ミムラさんは押し黙った。

「そん…、お前…が…」
「え…」
「ほんとうに…?」

探る様な、疑うような口調。

「嘘なんか…、」

ついてどうするんですか。そう聞く前に、押黙る。

待て…。何故、僕の名前をミムラさんは…。
まさか…。


「貴方は僕を知っているんですか」
「知っている。きっと、誰よりも…。知っていた」

誰よりも、知っていた。
僕を、誰よりも知っていた、人。

そんなの、一人しか、いない。
一人しか、いるはずない。


「貴方は…」

震える声で、尋ねる。

「貴方は…」
たった一人の、名前。

電話口のミムラさんは一瞬の逡巡ののち、押し黙っていたが、

「俺は、朔夜…。昨夜だよ。飛鳥先輩」

静かに、そう答えた。

「っ!」
「ごめん…、俺今すっごい混乱してる…。嘘…じゃないよな…」
「嘘じゃ…ない…」

朔夜君。
この電話の主が、朔夜君…?
ミムラさんが、朔夜君…。


「そっか。そう…なんか…。だからか、キノの声…先輩に似ていたから…。だから、最初あんなに、電話切りたくないって…ん…待てよ…。キノが、ほんとに、ほんとうに飛鳥先輩なら。ねぇ飛鳥先輩、」
「な、なに…」
「貴方を…傷つけたのは、俺ですよね。今まではなしていた恋人、俺の事ですよね。先輩が、あの日、泣きながら辛いって言っていたのって」
「…っ、」
「俺の…せい…?」

ミムラさん…、いや、朔夜さんが、僕に問う。

朔夜君がミムラさんでミムラさんは朔夜君。
あれ…?
でも、ミムラさんは10年後の朔夜君で。
僕の知っている今の朔夜君じゃなくて。
でも、朔夜君は朔夜君で…。

あれ…?

「先輩、答えて。いや、先輩で言えなかったら、キノとして言ってくれて構わない。

お前を傷つけたのは、俺…富山朔夜なのか?俺がお前を傷つけて、俺のせいでお前はいなくなったのか…。なぁ…?」
「…あ…あの…」


朔夜君のせい…。
違う。朔夜君のせいなんかじゃない。

僕が…僕が、あの日、ぼんやりとしていたからいけないんだ。無理やり強姦されたのは、あの日僕がぼんやりとしていて帰りが遅くなったから。

朔夜君のせいなんかじゃない。

それに、朔夜君には後悔してほしくないから、黙っていたのに…。
自分のせいだと責める朔夜君が見たくなかったから言いたくなかったのに。

どうして…傷ついた声を出しているの…?
貴方は学校で見た朔夜君じゃないのに…。
貴方は朔夜君で、でも、僕の知っている朔夜君じゃなくて。

でも、まぎれもない朔夜君らしくて…。

「明日、また電話、かけて…今日は、わかんない…」

突然の事についていけなくなった僕は、そういって、ミムラさんこと、十年後の朔夜君らしい彼に電話を切ることを告げる。
彼もどうやら、事態を混乱していたらしく、「俺も、少し冷静になって考える」と零し、電話を切った。





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