6月第2週目:土曜日

制服の衣替えもすっかり終わった今日、ようやく休みを見つけて塩見さんとの約束を果たせる日になった。日差しの強さと気温から、体育祭からずいぶん時間がたってしまったと実感する。珍しく浮き足立ってるのが自分でわかる。
今日は今年の2月に完成したスカイタワーに行くことにした。展望台とか水族館もあって、デートで行ってみたいってクラスで田邉さんが言ってたのが聞こえた。聞いたところによると、塩見さんもまだ行ったことがないらしい。相変わらず妙な心配をしていたけど、最終的には首を縦に振ってくれた。

待ち合わせは塩見さんの最寄り駅。単純に塩見さんの最寄り駅が目的地に近かったって言うのもあるけど、塩見さんがいつも使ってる駅で塩見さんを待ってみたかっただけ。改札は向かい合わせに2つあるから、その真ん中で待つことになってる。この辺りではよくある駅だけど、いつも塩見さんが通学で使ってるのかと思うとそれだけで違って見える。

塩見さんとの待ち合わせには、まだすこし時間がある。楽しみすぎて早く来るとか、引かれるかな。多少強引に取り付けた感もあるし。考えれば考えるほど不安はあるけど、それよりも楽しみが上回る。あんまり浮き足立って見えるのも格好つかないので、なんとなく携帯を弄っておく。

…しまった。まだ出来てから日が浅いから混んでるかもしれない。塩見さん、人混みは大丈夫だろうか。あんまり人混みに紛れてるイメージがわかない…

ふと顔をあげたときだった。改札の向こうから塩見さんが歩いてくるのが見えた。塩見さんはまだ俺に気付いていないらしく、ショルダーバッグからICカードを出している。
ヤバい。俺、今めっちゃテンション高い。にやけてて塩見さんにキモいとか思われたらどうしよう。

塩見さんは俺に気付くと、待たせたと思ったのか走って来てくれた。

「ごめん。待たせちゃったかな」

俺はにやけないよう努めて無表情を作っているが…正直に言おう。私服の塩見さん、めっちゃかわいい。ぐうかわ。さらに不安そうに上目使いで様子をうかがってくるとかヤバい。かわいい。
ベージュの薄い生地を重ねたやたらヒラヒラしたスカートに白いオフタートルのシャツ、それに丈の短いデニムジャケット。足元は素足かな。ぺたんこだけどちょっとおしゃれな感じの靴。もっと清楚っぽい私服のイメージを勝手に持ってたから、少し意外だった。いや、大きく外れてはないか。

「…赤葦くん?」
「あ…ごめん」

塩見さんがかわいすぎてうっかりガン見してた、とか絶対言えない。引かれたくはない。

「怒った…?」
「え?なんで?」
「待たせちゃったし…」

うまい言い訳も見つからなくて、結果的に黙ってガン見してたのがいけなかったのか。塩見さんは少し元気がなくなった気がした。

「そんなことないよ」

実際、塩見さんが今来た時間だって待ち合わせで決めてた時間より早い。俺が勝手に早く来て待ってただけ。それに、

「塩見さんをひとりで待たせるよりずっといいから」

ひとりで待たせてしまって、もしもなにかあったらと考えると、もやっとする。

「…そ、そう…」

塩見さんと話すようになってそれなりの時間を過ごしてきたわけだけど、確かにわかりづらいけど、意外と表情豊かなことがわかった。話すときは人の目を見る癖がある。だからこそ表情の乏しさが顕著になるんだろう。それに、恥ずかしくなったりすると左下を見る癖。同時に毛先を触る癖があることもわかった。

誰だよ最初に塩見さんは基本無表情とか言ったやつ。全然そんなことねえけど。ああくそ…

「かわいい」
「っ!?」

驚いたように顔をあげた塩見さんにびっくりした。

「え、なに…」
「そう言うの、あんまり言わない方がいい、と、思う」

どういうのか全くわからない。塩見さんに言われたことに疑問符を飛ばしまくってると「無意識とか…」って言いながらまた下を向いてしまった。
え、俺なんかまずいこと言った?

「わからないなら、いい」
「気分悪くしたならごめん」
「違うけど…いいよ、行こう?」

そうだ。待ち合わせをすることが目的じゃない。ここから先、目的地に進まなければ意味がない。

「じゃあ、行こうか」

微妙な距離を保ったままホームまでの短い距離を歩く。休日で、更に観光地に向かおうとしているからか既に人が多い。必然的にパーソナルスペースも狭くなる。

これ、もしかしたらはぐれるよな。隣より少し後ろを歩く塩見さんをこっそり見ると、いつも通りの無表情を貫いている。それを見て、少しの悪戯心とやらが首をもたげた。

「塩見さん」
「なに?」

止まると迷惑になるからと思い声をかけると、何事か察した塩見さんが隣に並んだ。塩見さんは察する能力がかなり高いと思う。言葉の裏を読み取ると言うか行間を読むと言うか…そんなことは1度横に置いて、疑問符を飛ばす塩見さんの右手を奪った。

「っ!あ、ぁあ赤葦くん?!」
「ん?」

指と指の間にある関節を撫でる。それに焦って慌てる塩見さんを見てわからないふりをする俺も、相当意地が悪いと思う。

「あの、手、」
「うん。はぐれるといけないから」
「えっと、」

そわそわと、力を抜いてみたり引いてみたり、それとなく手を離そうとしてるけど勿論そんなことはさせない。ときおり力を入れたり手の甲を撫でてみたり。
恥ずかしそうな塩見さんめっちゃかわいい。なにこれヤバイ。マジかわいすぎる。

「あの、赤葦くん…っ」
「電車来たみたいだね」

俺にとってはタイミング良く、塩見さんにとってはタイミング悪く。ホームに滑り込んできた電車に手を繋いだまま乗り込んだ。車内は満員で、手はいつの間にか離れた。でも、それよりも距離は近くなった。

さすがにどうすればいいのかわからない。俺はつり革の上の棒を掴めるけど、塩見さんはそうもいかない。鞄を抱えて小さくなっている。付き合ってるわけでもないのに肩を抱かれるって、やっぱりキモいとか思われるのか?でもさっきとか体育祭とかその前とか、勢いだけでけっこうやらかしてる感じはある。どうするのが正解なんだ。誰か教えてくれ。
脳内で問いかけても答えは勿論返ってこない。俺の左手は行き場を失ったまま。

「っ!?」

電車が動き出した弾みで、塩見さんの体が後ろに流れた。塩見さんは無意識か、どこか掴まるところを探していたけど満員電車の今そんなところは見付からない。こんなところで転んだらどうなるかわからない。もしかしたら踏まれることだってあるかもしれない。

「だ、大丈夫…?」
「、ん…」
「やっぱり混んでるね」

…咄嗟に引き寄せてしまった。距離を取るにもそんなスペースはもうどこにもない。
俺としては願ったり叶ったりだけど、これ大丈夫か?痴漢扱いされないよな?え、マジで大丈夫?

「もう少しすいてるところがよかった?」
「でも行ってみたかったし」
「塩見さんが嫌じゃなければ、俺はいいんだけど」
「私も、今日、楽しみにしてたから」

満員電車で、あり得ないような至近距離。ほとんど身動きがとれないから、腕の中にいる塩見さんの表情はわからない。だけど、きっとまた左下を見てるんだろう。今気付いたけど、髪の毛後ろで少し留めてる。学校で見たことない髪留めだ。あとなんかいい匂いする。

いつもなら会えない休日に塩見さんと会えて、更に学校にいるときよりも表情豊かな私服の塩見さんを見ることができて、実はもうかなり満足してる俺がいるのは内緒。



だから待ち合わせが好きなんです