068 泥沼に嵌ってみるとき




「栞っ!具合はもう大丈夫か?」


 心配そうに駆けてきた太一に、栞は曖昧に笑みを浮かべ、小さく頷いた。決して、声は出さない。少しだけ首を傾げた八神くんだったけど、直ぐに笑顔になって「そうだ!ミミちゃんを見つけたんだよ!」嬉しそうにそう告げた。
 ミミと会うのだって、随分と久しぶりだった。


「栞さん!」


 相変わらずの愛らしい笑みを輝かせて、ミミは栞の手を取った。ずきん。昨日のことが甦り、少しだけ、栞は顔が強張るのを感じた。

―――…『光』が、お前を蝕んでいくんだ。

 彼の言葉など信じるものかと否定しても、どうしてかすんなりと心に馴染んでしまっている。栞はやっぱり曖昧な笑みを浮かべているしか他に出来なかった。
 栞たち4人はボートに乗り込んだ。太一と丈が運転をして、――さすがに体力が持たなかったのか、途中で何回も休憩をはさみ、ようやく岸についた時には、先についていたヤマトたちがこちらへと駆け寄ってきた。
 栞は掴まれと言われた太一の手には捕まらず、自力でボートから地面へと降り立つ。その時、太一が不思議そうな顔をしていたので、笑みを浮かべて誤魔化した。ズキズキと痛む頭は、本当に『闇』の影響ではなくて、彼等が発する『光』のせいなのだろうか。


「おーい!」
「ヤマトだっ!」

「太一さん!栞さん!」
「おー、光子郎!元気だったか?」
「そちらこそ。心配していたんですよ」


 ヤマトたちは嬉しそうな顔で再会を喜び、また彼等が見つけたという光子郎は久々に会うことのできた栞たちとの再会を純粋に喜んだ。栞は何故か、同じように喜ぶことができなかった。
 バラバラに途切れた絆は、気づかないくらい順調に元に戻った。これで仲間のうち、見つかっていない残りは1人となった。――一番初めに仲間内から離れて行った空だけが、未だ彼等の前に姿を現さなかった。


( …空 )


 栞は、彼女の存在を確かに確認した。ピコデビモンによって、タケルの記憶が奪われそうになった時、彼女の姿はあの遊園地にあった。そして、そのキノコの効能をアグモンに伝え、彼等を見事に救ったのだ。その後の行方は知れない。
 その時は栞はイヴモンといざこざがあってしまったので、結局は見失ってしまったのだが、それから空の存在を感知したことはない。大切な親友の安全を心配するものの、昨日の――黒を纏ったデジモンの言葉が浮かび上がっては、栞の脳内を邪魔する。


( ――一番大切だと思っていたものが、嘘だと気づく。本当の『愛』など、存在しない )


 拙い栞には、それが何を指し示すものなのかは分かりはしない。それでも栞に被さる黒いモヤモヤが、確実に存在した。――空に会えば、この原因も、晴れるのかな。空に会いたい。話がしたい。初めて得た友人という存在が、栞とって、これほど強い存在になるとは思いもしなかった。
 昨日の一件から、もう何も分からなくなっていた。けど、空は。空は、独りぼっちだった栞に話しかけてくれた。此処に来る前からの友だった。空のことは、無条件で信じたいと思った。けれど、他の『仲間』は分からない。だって、栞は『闇』なんだ。『光』と『闇』はお互いを嫌い合い、認め合わない。それは栞でも分かることだ。もしかしたら、彼等は自分を嫌いになるかもしれない。一緒に居られなくなるかもしれない。考えようとすればするほど、少ない脳みそは直ぐにパンクしそうになる。

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