073 迎撃の準備はできているか




―――……弱くなったな守人。『仲間』など――そんなもののために、自ら弱くなるつもりか。
―――…ならば――多少手荒い真似をしてでも――お前を我が手中に収めてみせよう!――ナイトレイド!!
―――…肝心なところで愛情の紋章まで発動してしまうとは…!!しかし、まだ守人は我が手中にある!!この娘がいる限り、いくら紋章が光を帯びようとも、痛くもかゆくもない!!
―――…選ばれし子供たちよ――いくらお前たちが守人の力を得ようとも、お前達7人の力では我々闇の力の企みを阻止することは出来ないのだ――…。


 幾重も重なったヴァンデモンの声が、耳元で聞こえ、栞は振り返る。心臓が波を早く打ち、思わず息を荒げた。しかし当たり前のことだが、そこには誰もいない。思わず、安堵の息が漏れ、ペンダントを握りしめた。


―――…海の向こうには私以上に暗黒の力を持った守人を狙うデジモンも存在するのだぞ!
―――…至極残念だな、守人。お前をこの手にすることができず。


 その時、違うもう一つの声も聞こえる。―デビモンだった。二つの声が重なり、栞は目を瞑った。似ている容姿を持った闇を司る彼等だが、栞はヴァンデモンに対しては恐怖心を抱いていた。デビモンも恐怖の対象として勿論あったのだが、彼のことは、何故かそこまで憎むことが出来なかった。
 ヴァンデモンが自分たちの新たな脅威になることは間違いない。手のひらがしっとりと汗で湿っていくのが分かる。一つため息を漏らして、再び握りしめた。栞は誓った。もし、彼が栞の大切な仲間を傷つけるのであれば、容赦はしない。許しはしない。と、その時、不意にヴァンデモンと初めて会った時の言葉が甦る。


―――…そんなに否定をしてくれるな。お前は『守人』なのだろう?ならば、愛すべき存在であるデジモンを否定することは、その命への罰となる――。
―――…私とてデジモンだ。お前が守るべき存在だ。

―――…否定することは、その命への罰。


 そのフレーズが頭から離れない。今まで――自分が願うことで、脅威を救った場面もあった。デジモンたちは皆、動きを止めるからだ。もし、自分が、あるデジモンの命の終わりを願ってしまったら…そのデジモンは、死んでしまうのだろうか。酷く、怖くなってしまった。
 この世界に来た時、イヴモンは言った。栞は守人なのだから、願えば必ず叶う、と。もしその言葉通り、栞の願いが全て叶うとして、栞がヴァンデモンの死を願ったのならば、この戦いは終わる――?
 イヴモンと話がしたくても、彼はあの日から、やけに眠ることが多かった。少し起きては、すぐに寝てしまう。恐らく、栞を諭すために使った力が原因だろう。少なくとも、今、栞が話を出来る相手はいなかった。


「っうわ!?」


 光子郎の声に、栞はぼんやりと考えていた脳を揺さぶって、振り返る。そして目を瞬かせた――「ゲンナイさん?」名を呼べば、少し透けている彼はくしゃりと顔をゆがませ、笑った。


「と、とりあえず、太一さん達を呼んできますね…!」


 光子郎はそう言い残し、水を掬ってくると張り切って行った太一たちを呼びにいったのを見送って、栞は少し透けているゲンナイの前に立った。


「…こんにちは」
「久しいな、守人。随分、色々なことがあったらしいが――もう、大丈夫か?」


 自らの頬を二度ほど叩いて、その傷口を示す。栞は目を瞬かせ、自分の頬に触れ――「いっ…」いまだその傷口は癒えておらず、ピリッとした痛みが走った。


「ふぉっふぉ…今は痛いじゃろうが、そのうち痛みは引くだろう。我慢することじゃな」
「…はい」


 思わぬ痛みだったので、栞はゆっくりと頬を摩った。無意識の行為だったとはいえ、かなり強めに引っ掻いていたらしい。次からは気をつけようと思った。
 暫くして、太一たちを連れた光子郎が戻ってきた。太一はゲンナイの姿を見て、一瞬だけ眉を寄せる。立体映像としてぽっかりと空間に浮かびあがったゲンナイを、子供たちは囲んだ。

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