「無防備すぎんだよ」


非常にイライラとした声が聞こえ、もしかしなくともそれは私に言っているのかとそっと顔をあげてみれば案の定ユキの目はわたしを射抜いていた。白銀の無駄にサラサラした髪が揺れ、若干荒北くんに似てきた眼光は鋭くただ光り輝いていた。


「おい、聞いてんのか」


ほんと態度まで荒北くんに似てきたなぁとぼんやり考えていると、ずいっと顔を近寄らせてくるものだから苦笑を浮かべて両手を顔の前でふった。


「聞いてるけど脈絡がなさすぎてちょっとわかんない」


素直にそう言うと、ユキはこれ見よがしにハァとおおきなためいきをつく。ちょ、私仮にも先輩なんですけど。いくら幼馴染みとはいえ、いくら昔から見知った仲とはいえ、先輩なんですけど。この態度は一体なんなのか。まあどちらかといえばエリートで成功した人生を歩み続けたユキと特にこれといって特徴のない私なのだから仕方ないのか。つらい。


「――昔から人の気も知らないでヘラヘラ…」
「ん?え、ゴメン聞こえなかった、今なんて…」
「なんでもねーよ」


ぐ、と眉を寄せられたらもう私は何も言うことはなくなった。そう、と小さく返せば、ユキはだまりこむ。沈黙は嫌いじゃないが、なんとなく居心地がわるくておしりがもぞもぞしてしまう。言わずもがな、どことなく機嫌の悪いユキのせいである。


「ユキ、まだ残って――て、ああ、苗さんもいたんですか」
「塔一郎」
「部誌書きおわんないよ、塔一郎」


声をかけられたので二人して入り口を仰ぎ見れば、(長い睫毛ほんと羨ましいな)、もう一人の幼なじみである塔一郎がジッパーを半分までおろした状態でその無駄のない筋肉を惜しみなくさらけ出していた。汗がその胸筋ー彼はそれに名前をつけていたーを滴り落ちていくのが見えたのでおそらく今までローラーを回していたか筋トレをしていたのだろう。おつかれ、と軽く声をかけるとふんわりと微笑んでくれた。ユキが機嫌の悪くて緊張感溢れる中、塔一郎の登場は天の恵みだと思った。いや、これ本気で。


「二人は相変わらず仲がいいんですね」


汗を拭き始める塔一郎は、ふと私たちを見てそういった。突然のセリフに私はぽかんと間抜けヅラをさらすはめになった。くすりと塔一郎がわらう。ー彼も幼なじみではあるから昔から見知っているというのに、立場というものをキチンと弁え私にも敬語で話した。別に今まで通りでいいよと告げたがが、けじめなのだとかなんとか。この生真面目をユキには見習ってもらいたいものだ。


「こうして見ているとまるでカップルに見えるな」


――時折爆弾を平気で投下するが。


「な、何言ってんだよ、塔一郎!」
「僕は思った通りのことを口にしたまでだよ、ユキ。とてもお似合いだ」
「ととと塔一郎、おねがいだからユキという火に油を注がないで!」


それじゃなくても機嫌が悪いようなのに、これ以上損ねないでほしい。あわてて立ち上がり弁明しようとしたとき、私の目には――顔を真っ赤にしたユキがうつりこんだ。


「へ?ユ、ユキ?」
「っ、な、なんだよ。つーか塔一郎!変なこと言うんじゃねーよ!」
「だから僕はただ思っただけの言葉をくちにしただけだよ。それからほんの少しの一押しをー」
「だー!余計なこと言うな!」
「だってユキ昨日言ってただろ?苗さんが無防備だから心配で仕方ないってーー」
「もうお前だまれ!!」


ぽかんと呆気にとられて、頭上で展開されている言い争いに耳を傾ければいつの間にか冒頭の言葉と同じものが聞こえて身をすぼめる。そんな私に気づいたのは塔一郎で、やっぱり優しく微笑んでいた。特徴的なながい睫毛がゆれる。


「昔からユキはあなたのことになると過保護になるらしい」
「え、あ、え?」
「あまりユキの前で他の男子と話さないであげてください。心配らしいので」


そう付け足していつの間にか荷物をまとめていた塔一郎は、ではお先失礼しますと颯爽と部室をあとにした。汗を流しにシャワールームへ行くのだろう。
残された私たちはといえば、塔一郎が現れる前よりももっと気まずかった。塔一郎は何も天の恵みなんかじゃなくて、ただの悪魔の使いだったらしい。考え方を改めようと思う。
ちらりとユキを見ればだんだんと落ち着いてきたのか、はぁ、と一度大きなため息をついてどかりと椅子に座り込んだ。それから少し気まずそうに私を見やってぽつりと一言。


「…そういう、ことだから」


それからまた顔を赤く染め、そっぽをむかれた。
少しだけ高鳴るこの鼓動、どうしてくれようか?

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