ふわふわの毛並に手を伸ばせば、きょとんと私を見上げ、鼻をひくひくとさせていた。もふ、とその感触を味わっていると、掌に顔を摺り寄せられた。いやされる。めっさ癒される。今日も今日とて朝からユキには理不尽に怒られ、廊下ですれ違った荒北くんにプロレス技とかけられ、昼休みには東堂くんに美形とはなんたるか山神とはなんたるか巻ちゃんとはなんたるかのありがたい説法聞かされたので、一番疲れる部活がはじまる前に私はグロッキー状態だった。
アニマルはいい。私の荒んだこの心を包み込んで癒してくださる。


「ウサー」
「なんだウサ吉と会話中か?」
「はやく飯にしろよ腹減ってんだよって言ってるっぽい…よ…って新開くんだ…」
「おめさん、だいぶ顔が死んでるぜ」


パワーバー食うか?と四次元ポケットからパワーバーを取り出して私に向けてくれる。ん、と笑顔も向けられ、キュンとおなかが鳴った。東堂くんのせいでお昼食べてる時間もなくて、おなかすいていたんだ。ありがてえ。
二人でウサ吉の前にしゃがみこんでパワーバーにかじりつく。新開くんがウサ吉の人参の切ったものを差し出し、ウサ吉がそれにかじりつく。二人と一匹でむしゃむしゃしてるだけの色気のない光景だ。でも新開くんがウサ吉に接しているときの顔は、とても優しくて、ふつうにカッコいいなって思う。


「そういえば苗は進学先決めたのか?」
「…ん〜まだかな〜。新開くんは?」
「まあまだ先だよなぁ」
「…うん。でもさぁ」
「ん?」


もしゃもしゃと人参を食べているウサ吉は本当に愛くるしくて。思わず笑みがこぼれたけれど、進路の話になるともれなくついてくるのは。


「…みんなと離れるのは寂しいからあんまり考えたくないかも」


自分自身を抱えるように膝を腕で包み込めば、寂しさがこみあげる。


「今からそんなこと考えてもしょうがねぇだろ」
「そうなんだけどさ。…いっつもそうだし」
「いつも?」
「…一緒の学校きても、私は一年早いからなぁ」


無意識のうちにこぼれた言葉にハッとする。この時私はいったい誰のことを思った?ぽんっと浮かんだ顔を振り払うように頭を振った。


「…そっか」


でも新開くんは何も聞かず、何も言わず、ただ優しく笑ってウサ吉をなでていた。
新開くんの印象もだいぶ変わったなぁ。飄々としていて何を考えているか分かんなくて、あんまり得意な人じゃなかったけれど。最近ではこうしてウサ吉の前で一緒にいる時間が増えたからか、その認識もなくなった。
彼の弱い一面を見たからだろうし、私の弱い一面もこうして露見しているからだろうなあ。


「でも、俺も苗と離れるのは寂しいなぁ」
「そう?」
「ああ。おめさんと一緒にこうしているの結構楽なんだ」
「そっか」
「なんなら一緒の大学行くか?」
「まじ?」
「まじまじ」
「はは、考えとく」
「きっと楽しいぞ」


丸みを帯びた大きな瞳が私をとらえて、今度は楽しそうにわらった。バキュン、と指をピストルの形をとって、私にむける。「だから安売りしすぎだってば」「心外だな」ウサ吉が鼻をひくひくと動かし、私たちを見上げていた。

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