「ユキ」


一歩前を歩き、寒そうに両手を合わせる姿を見ていると、なぜだか焦燥感にかられる。小さく名前を呼んでみた。あまりにも小さな声だから、周りの喧騒にまぎれて聞こえるはずはなかった。―気づいてほしいって、気付いてくれたら、って。そう独りよがりな思いを抱いていただけだ。でも、彼は。ン、と、私を振り返った。


「なんだよ」
「んーん……なんでもない」


不思議そうに私を見返すユキに、言い知れぬ奇妙な感情が心の中に渦巻いた。
気づいてほしかったけれど、どこか気づいてほしくなかった自分もいた。
私は三年生で、時期は1月で、もうすぐ受験で。ぐるぐる渦を巻く不安の種に、どうしてもぎこちない笑顔しか向けられなかった。


「…ったく」
「わ!」


ハァ、と溜息をついたユキの手が、私の手をつかんだ。お互いのかじかんだ冷たい手が溶け合う感覚に、心が落ち着いていった。


「ちらちらこっち見てんじゃねーよ。あれか?かまってもらいたい子犬か?」
「犬じゃないけど、へへ」
「嬉しそうな顔すんな!」


こうして手を繋ぐのは何年ぶりだろう。小さいころは変わらなかった手の大きさも、年を重ねるごとに男女の違いもあって、全く別のものになっていた。ユキのが年下なのに、いつもこの手は私を引っ張ってくれていた。いつも、いつでも。


「…ユキ、手おっきくなったね」
「変わんなかったらおかしいだろーが」
「…なんかちょっと寂しいかも…」


変わらないと思っていた。でももともと要領のよかったユキは成長するにつれて頭角を現して、誰からも認められるすごい人になっていた。私とは違う。今は同じ学校だからこうして一緒にいてくれてるけれど、一年の差で私が卒業してしまったらその横に私の居場所はなくなる。大きくなるって、こういうことなんだな。


「…バカか。こっちのセリフだろ」
「え?」
「なんでもねーよ」


眉をぐっと寄せたユキのつぶやきは、喧騒にまぎれて聞こえなかった。変わりに、つないだ手の力が強まる。
ずっと傍にいてほしい。昔ならすんなり言えたその一言も、今では言えなくなっていた。

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