東堂ファンクラブの方々は基本的に穏やかで優しい人たちが多い。ガチ勢もたまにいるけれど、どういった意味でのガチかと言われれば、本気で神とあがめたたえている意味でのガチだから、恐怖はすれど自分に害はないとはっきりいえる。部屋に祭壇があるらしいよって聞いたときにはさすがにちょっと引いたけど、そこまでの愛って逆にすごい、そこまでの愛を受け止める東堂くんもすごい。かといって別に東堂くんだけがすごいだけではない。かくいうほかの部員たちも彼ほどとはいかないもののファンというものは存在する。強豪部活というレッテルは強く、もともと存在する彼らの良さをさらに引き立てていた。だから何のとりえもない私みたいなのがマネージャーとして傍にいるのが気に食わないって人もそれなりにいるのだろうな。だからあえて言おう。甘い展開など期待しないでおくことだな!


「もういやだ新開くん一回爆発して」


さめざめと泣き真似をすれば、元凶である新開くんは一回首を傾げ、それから優しく笑って「食う?」と食べかけのパワーバーを差し出した。いらないよ!どうせなら開けてないのよこせ!
さめざめ。泣くまね。新開くんは困ったように笑い、それから頬をぽり、と掻いた。


「うーん、俺、おめさんになんかしたかな?」
「ううん、直接なにかされたわけじゃないってわけでもないけど特に新開くんにされたことで傷ついたわけじゃないんだ、ごめん、八つ当たり…」


そう、新開くんに直接なにかをされたわけではない。食べ物を無断でとられたりとかはしょっちゅうなのでもう気にしていない。


「別に何にもないし…甘いことなんてないし…」
「んー…。…ああ、そういうことか」
「…爆発しては言い過ぎたね…ごめん…」
「まあビックリしたけど…本当顔色すげえな、大丈夫か?」
「だめぽ…」


突き刺さるような視線、耳元でざわつく悪言雑言、自分は悪いことはしていないと自負しているとはいえ心に沁み渡っていく。彼女たちからすれば、好きな人の傍にいるってことが悪いことってことなのかもしれないから、一概に悪いことしてないとは言えないんだけど。
ハァ、と深いため息がもれた。と、同時にこんなこと、本人である新開くんに言うべきことではないと気づく。まるで言いつけてるかのようだ。――サァ、と血の気が顔から引いていった。


「ご、ごめん、今の話忘れて!なんでもない!」
「今更なんでもないって言われてもなぁ。もう聞いちまった」
「あわわわわ」


ああ、もう、これじゃガチで嫌なやつだ。よりにもよって当の本人って。今日は碌な日じゃない。思えば朝から登校中に溝に落ちそうになるし、犬には吠えられるし、荒北くんにも吠えられるし、たぶん今日運勢最下位だ。占いとかあんまり信じないけど今日運勢最下位だったら信じてもいいよって気がしてき、て、――ん?あれ?ちょっと待って、新開くん、何か言った?って、わああ!?顔、ちか!


「おーい、俺の話聞いてる?」
「ぎゃあ!ち、近いよ!?」
「…ぷっ」
「笑った!?」
「おめさん、ほんと期待裏切らねえな」
「うぐぐ…私の心をもてあそんでるのかこいつ…」
「いやいや、俺のが弄ばれてるけど?」


ふわ、と彼の柔らかい髪が風に乗って揺れる。洗い立てのタオルのように、触ったら気持ちよさそうだ。
新開くんはいつものように笑って、それからぐっと顔を近づけた。再びの至近距離に、声がつまる。


「…ならいっそ付き合っちまうか…?」


そんなことをしても逆効果だと心の中で叫んでも、すぐに首を横に触れない私は、ただ顔を赤く染めて固まるしかできなかった。

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