ちいさな共通点





本日。流星隊とのレッスン中。悲劇が起きた。生まれてこのかた十数年。ずっと隠し通してきたことが、ついにバレてしまったのだ。


「お?あかり、可愛いペン使ってるんだな!」


レッスンが終わってみんなが一息ついている間。時間を有効活用しようとスケジュールを組んでいる最中、守沢先輩に声を掛けられて気付いた。どこをどんなふうに間違えたのか、それともある程度打ち解けた流星隊とのレッスンで気を緩めてしまっていたのか。我が家でしか使わない、可愛いキャラクターのマスコット付きのボールペンを見られてしまった。

この趣味は絶対に誰にも知られないようにと徹底してきたつもりだった。いまどきの女の子らしさなんて皆無、割とさっぱりした性格で見た目も体育会系のわたしが、実はこんな女の子らしいものが好きだなんてギャップもいいところ。からかわれるかと思ったけど、みんな優しいから馬鹿にしたりはなかった。けど内心引いてないか気が気じゃない。明日からぎくしゃくしないかな。特にわたしが。なんか嫌だな…せっかく仲良くなれたのに。

そういえば口止めするの忘れちゃったけど、多分みんな不用意に言いふらしたりはしないと思う。流星隊はそんな性悪の集まりじゃないことはよく知ってる。でも…うっかり、ということはあり得る。どうしよう…

みんなが帰ってもぬけの殻となったレッスン室に、虚しい溜め息が響く。先程手をつけたスケジュール管理の作業が全く進まず、ひとりで居残り。しかし案の定進まない。気掛かりなことがあると人間は脆くなるものだ。机に突っ伏して項垂れていると、ドアの前に人影があることに気付く。…誰だろう?思わずドアを注視してしまう。あ、動いた。


「…失礼します」

「………高峯くん?」


これは予想外。先程みんなと帰ったはずの高峯くんだった。申し訳程度に開いたドアから、これまた申し訳程度に顔を出してわたしの様子を伺っている。体格が大きいのに、ちょこんと顔を出した姿は思いのほか可愛い。


「どうしたの?」

「忘れ物、しちゃって…」

「あらら…でも気付いてよかったね。わたしのことは気にせず探して」

「…ありがとうございます」


先程まで鞄を置いていたあたりに向かう高峯くん。あまり見ていては失礼かなと思い、わたしは形だけでも自分の作業に戻っているふりをする。

高峯くんは忘れ物が見つかったのか、ちらっと盗み見たときには既にそこにいなくて。その代わりに、わたしの近くに立っていた。


「…あかりさん」

「はーい」

「少し…一緒に居てもいいですか」


珍しい気がする。普段大人しい高峯くんがそんなことを言うだなんて。ちょっと驚いたけど、特に断る理由もない。手招きすれば躊躇いがちに近づいてきて、「失礼します」と礼儀正しく断ってから向かい側に座った。

…座ってきたのはいいのだけれど。高峯くんは、なにをするわけでもなく、こちらの作業をじーっと見ている。こんなの楽しいものでもないだろうに。


「高峯くん」

「あっ…はい、なんでしょう?」

「あんまり楽しいものじゃないでしょ。ごめんね、つまらなくない?大丈夫?」

「俺は大丈夫です。自分の意志で、ここにいるので」

「………なら、いいけど」


その台詞は狙ってんのか、それとも天然なのか。どちらにしても随分ずるいな。まあとにかく退屈していないならいいや。

にしても…高峯くん、やっぱり綺麗な顔してる。こんな整った顔が近くにあって、なおかつ見られるというのはなんか緊張する。これがついこの間まで中学生だったのかと思うと末恐ろしい。


「あの、あかりさん」

「んー?」

「答えたくなかったら、無視してもらっていいんスけど…その、さっき、ボールペン………」


さっきのボールペン…みなまで言わなくてもわかる。ああ、どうやら高峯くんにもばっちり見られていたらしい。これからそういう感じに見られちゃうのかと思うと少ししんどい。


「あかりさんも、あのキャラクター好きなんですか?」

「え…?わたしも、ってことは……」

「じ、実は…」


言いかけて、高峯くんは鞄をごそごそ漁る。「あった」と呟いて取り出したものは、わたしが持っているボールペンと全く同じものだった。


「俺も、クラスで使うのは、気恥ずかしくて…でも気に入って買ったものだから、こうして持ち歩いているんです」

「そ、そうなんだ…」


…高峯くん、知ってたんだ。決してメジャーなキャラじゃないのに。ていうかゆるキャラじゃなくてもいけるんだね。キャラものは基本的に守備範囲内なのかな。

まさかこんな近くに同志がいたなんて。わたしの感動が伝わったのか、高峯くんの表情も次第に明るくなっていく。


「可愛いですよね。特にこのフォルムと、まんまるの目が」


しかもわたしとツボが全く同じ。わたしも、このつぶらなおめめに一目惚れして衝動買いをした。そこを解ってくれるなんて…やばい、奇跡かも。しかし感激も束の間。ふと疑問が頭をよぎる。高峯くんは、なんとも思っていないのだろうか。…もしかして、なんとか話合わせようと慰めてくれてるとか?


「…変って、思わないの?」

「え?」

「こんな可愛いもの、わたしのキャラじゃないじゃん。そう言われるのわかってたから今まで隠してたんだけど」

「…それ言われたら男の俺は立場ないんスけど」

「高峯くんはいいの」


そういうキャラを確立してるし。ゆるキャラを始めとしたキャラクターものの話をするときの高峯くんはきらきらしてて可愛い。幸せそうな高峯くんを見ると、なんだかほっこりする。だからいいの。


「俺は、変とは思いませんでしたけど…でも、驚きました。あかりさん、なんていうか…あまり仕事以外の話しないから…もっと、とっつきにくい人かと思ってました」

「…よく言われる」

「だから、いい意味で予想外っていうか…もしかしたら、気が合うのかもって思ったら嬉しくて。それで……嘘ついて戻ってきちゃいました。他のみんながいたら、落ち着いて話せないと思ったから」


…ん、ちょっと待って。それはつまり…ここに来る為に、忘れ物したふりしたということ?なにそれ。可愛い顔してなんてあざといんだ。


「俺、もっと、あかりさんと話したいです。こういう話は勿論、他にもいろんなこと」


顔を赤くしながら一生懸命に気持ちを伝えてくれた高峯くん。……高峯くんって、こういう顔もするんだ。普段は大きくて逞しい印象があるだけに、やたら可愛く見えてしまう。これは…たまらん。ギャップ萌え。


「…途中で飽きても知らないよ?」

「飽きられないように、話題、沢山持ってきます」


あかりさんといっぱい話せるように。なんて言いながら笑う高峯くんに、早くもノックアウトされそうになる。そして今となっては話すきっかけをくれた守沢先輩に感謝。感謝なんだけど…なにも言わないでおく。あのひとはなんというか間が悪い。決して嫌いなわけじゃないけど…高峯くんと話したいときに割り込まれると、なんか複雑。ふたりで話してみたいと思ったのは、わたしも一緒だから。


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