理由なんて後付け





「あかりー!」

「はーい。なんでしょうぅぅっひゃああああっ!」


足音を立てながら両手を広げて突進してきた守沢先輩。普段ならそのまま容赦ない抱きつき攻撃を受け入れるのだが、今回は咄嗟にかわしてしまった。


「何故避ける!?今までこんなことは無かったではないか!」

「いや、あの、ちょっと、この時期は、いろいろ不都合が…」

「どうした、何故濁すのだ?」

「それが、言いにくいことでして…」

「…嫌なら嫌と、はっきり言ってくれ。俺は今まであかりに無理強いをしていたことになるのか…?」


しょぼくれた様子に、ずきり、と心が痛んだ。先輩にそんな悲しい顔をさせたいわけじゃない。嫌だったわけではないし、寧ろ構ってもらえること自体は嬉しい。


「先輩、誤解です。嫌では、ないんです」

「なら…」

「待って!嫌じゃないけど!だめな理由があるのです!」

「では教えてくれ。俺はどうも、まどろっこしいのは苦手なのだ」

「では、少々お手を拝借してもいいですか」

「ああ。構わんが…」


差し出された守沢先輩の大きな手。失礼しますと軽く頭を下げて、手のひらをちょこんとさわると、瞬時にバチッ!と凄まじい音がした。


「いだだっ!」

「…これが理由です」


そう、静電気。個人的な毎年冬場の恒例行事。それもどうかと思うけど。とにかく、毎年わたしを悩ませる事象のひとつなのだ。


「わたし、極度の帯電体質らしくて…冬になると、いつでもこんな感じになってしまって」

「そうなのか…」

「勿論わたしも痛いですけど、守沢先輩も痛かったはずです…自分だけならまだいいですが、守沢先輩にまでこんな目に遭わせたくなくて。でも、きちんと言わなくて誤解させてしまって…ごめんなさい」

「いや、いい。ちゃんと理由があったんだな。わかった。お前は優しい子だな、よしよ…」

「先輩待ってー!!」

「お、そうだった!すまんな」


いつもの癖とやらは怖い。説明したばかりなのに頭を撫でられそうだった。ていうか、男のひと、ましてや先輩にハグされたり頭撫でられたりするのに馴れるってどういう神経してんだろうと今更ながらに思った。いや、守沢先輩だから受け入れてるわけなのだが。


「しかし、毎日それではお前も大変だろう」

「そうですね…痛いものは痛いです」

「そうだろう。辛いよな。なんとかしてやりたいな…」


そう呟いて、先輩はポケットからスマホを取り出した。手元を覗き込んでみたら、インターネットで『静電気 対策』と検索をかけようとしてくれていた。ちょっと待って、なんて優しいの守沢先輩。もう、イケメンは心までイケメンなのね。


「…ふむふむ。とにかく身体に溜まった電気を逃がすことが先決らしいな」

「なるほど…」

「衣服の素材も重要になっているみたいだぞ。……いちいちプラスだマイナスだ調べるのも覚えるのも大変そうだな…」

「確かに…わたしも覚えられる気がしないので、あとで自分で調べてスクショします」

「うむ、それがいい。…あ、これはどうだ?柔軟剤や、柔軟剤入りの洗剤を使って洗濯するといいそうだ」

「多分やってるはずだと思うのですが…ひとつだけだと、わたしには効果が薄いということですよね…」

「複数組み合わせて実践するといいかもな。……む、これもすぐにできそうだぞ。指先は神経が集中しているから、対象物にはまず手のひらでさわるといいそうだ」

「手のひらですね。それも、いつでもやれそうです」


他にもいろんなことを次から次へと調べて情報をくれる。たかが、いち後輩の静電気トラブルだけでここまで親身になってくれるなんて。守沢先輩は本当に優しくて頼りになる。やっぱりイケメンは心までイケメン。大事なことだから二回目。


「そういえば、聞いたことがあるな。おっかなびっくりさわるより、思いきって一気にさわったほうが身体に溜まった電気が分散して静電気は起きにくいと」

「思いきって一気に……それはちょっと、勇気が要ります…」

「そうだよな。だが安心しろ。この方法なら、今まで通り俺があかりを抱き締めることで解決できると思うぞ!」

「……へ?」

「寧ろそれがあかりの為にもなる!俺は今まで通りあかりを構える!一石二鳥で素晴らしいことではないか!」


わたしが発言する隙を与えてくれず、どんどん話を進める守沢先輩。しかもそれだけでは終わらず、むぎゅうっと抱き締められてしまった。突然すぎてなんも反応できなかった。


「…うん!やはり痛くもなんともなかったな!」

「そ、そうですね…」


ていうか唐突すぎて変な返事しかできなかったよ。全っ然可愛くもなんともない声だった。しかし…気のせいかな。いつもより力が強い。痛くはないし苦しくもないけど。でも、なんか守沢先輩の様子がいつもと違う。大丈夫かな。わたしは平気だった代わりに、守沢先輩が痛い目に遭ってしまったのかな。

顔色を伺おうにもぎゅうぎゅう抱きしめられていて思うように動けない。なんとか視線だけ動かすと、視界の端にいつもより赤い先輩の耳をとらえた。…え、なにそれ。別に今日は寒くないし…………いや、まさか、そんな、ね。だって、守沢先輩は誰にだってこうするし、もっと言うならあんずちゃんにだってする。だから、わたしにも同じようにして当たり前だと思っていたのに。

もしかしたら、守沢先輩にとってわたしは、ちょっと違ったりするのかな。わたしが守沢先輩を特別だと思っているのと同じだったりするのかな。先輩の反応を見ていると、そう都合よく解釈しちゃいそうだ。


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