在り来たり幸福論




「…静かだね」

「そうですね」


久しぶりにふたり揃った休日。わたしたちは珍しく、ふたりきりの時間を過ごしている。

伏見くんは普段は桃李くんの執事さんだから、普段からわたしたちは三人一緒にいる。桃李くんには最初こそ意地悪を言われたけれど、次第に慣れてきたら人懐こくてとても優しい子だってわかった。寧ろふたりにとって邪魔者だったであろうわたしを快く迎え入れてくれたのは桃李くんだった。ユニットの練習があるときもそうでないときも「一緒に帰ろう」とか「どこか庶民のお店連れてって」とか、たくさん声を掛けてくれた。それがきっかけで、少しずつだけどわたしと伏見くんは仲良くなっていった。桃李くんというキューピッドが、わたしたちを引き合わせてくれた。

わたしにとって伏見くんも桃李くんもどちらも大切。だからいつも三人で過ごすことに不満を持ったことはない。しかし「たまにはふたりで水入らずで過ごせば?」と桃李くんが気遣ってくれて。今日一日、伏見くんをわたしに譲ってくれた。

そうして、わたしたちは付き合ってはじめてのふたりきりを迎えた。伏見くんはお夕飯前には帰らなきゃいけないと言ってたけど、それでも充分すぎる贅沢だ。お買い物に付き合ってもらったり、一緒にごはん食べたり、近くの公園を散歩したり。そして今は、休憩がてら公園のベンチにふたりで座ってのんびりしている。


「坊ちゃまが居ないだけで、こうも静かになるのですね」

「桃李くん、元気いっぱいだからね」

「…すみませんあかりさん。普通の恋人なら、こうして過ごすのが当たり前ですよね。いつも坊ちゃまも一緒ですから…窮屈な思いをさせてしまって」

「ううん。桃李くんと一緒も楽しいよ。それに、わたしは伏見くんがいい」

「…そうですか。恐悦至極に存じます」


この丁寧な話し方は、伏見くんの個性。最初は壁があるみたいで淋しかったけど、慣れればなんてことはなかった。穏やかな伏見くんによく合う話し方で、今は好き。


「なんか今日は、わたしが行きたいところにばっかり付き合わせちゃったね。退屈してない?」

「とんでもない。喜んでいただけましたか?」

「うん!大満足!」

「ふふ。あかりさんの笑顔が拝見できて、わたくしも嬉しゅうございます。あかりさん。他には、わたくしにして欲しいことなどありませんか?」

「え?……うーん…急に言われると困るね」

「ゆっくり考えていただいて結構ですよ」


お言葉に甘えて、伏見くんにお願いしたいことを考える。なにか、してほしいことかあ…今日いろいろ行ったからなあ…我儘言いまくったし、改めて考えてみると思い浮かばない。

ぐるぐる考えを巡らせていると、ひとつ、ちょっと邪な考えが浮かんだ。普段は言えないけど、今ならこの空気のまま言えるかもしれない。ここは一か八か。


「ね、してほしいというより、わたしがしたいこと、お願いしてもいい?」

「それでは、わたくしが得をしてしまいそうですが…」

「わたしのお願いを叶えてくれるっていう観点から見れば、同じじゃないかな?」

「…成程。そのような発想もありですね。では、なんでも仰ってください」

「あのね、い、嫌だったら、断ってくれていいんだけど!」

「…はい」

「その…これから、ふたりきりのときだけ、ゆづくんって、呼んでもいい?」


ふたりのときだけと提案したのは、誰かに真似されるのが嫌だから。わたしと伏見くん、ふたりだけの「なにか」が欲しい。もっと平たく言えば優越感が欲しいのだ。…伏見くんが嫌でなければ、が前提だけど。


「素敵な提案ですね。特に、ふたりきり、というところが」

「じゃあ…」

「断る理由はありません。是非とも宜しくお願い致します」


目を細めて嬉しそうにしてくれた伏見くん…もとい、ゆづくん。いつも笑顔だけど、たまにこうして見せる素の笑顔に、わたしはやられたんだっけ。


「えっと、そ、それじゃあ、ゆづくん!」

「はい」

「ゆづくんも、わたしにしてほしいこととか、ない?」

「わたくしが…?」

「うん。わたしのお願い聞いてもらっちゃったし、今日はわたしの行きたいところばっかりだったから。ゆづくんも遠慮なく言って」

「…では……わたくしも、ふたりきりのときは、あかりとお呼びしてもいいですか?」

「いっ、…いいですとも!」


ゆづくんがそんなこと言ってくれるなんて。どうしよう嬉しい。呼び方ひとつで更に親しくなった気がするわたしは超単純。でもいいもん、単純で。


「……それと…もうひとつ、よろしいですか?」

「あ、うん!なんでもどうぞ!」

「…なんでも、いいですか?」

「わたしに出来る範囲なら、だけど」

「では…」


失礼します、と一言つぶやいて、ゆづくんは綺麗な姿勢を崩す。寝っ転がった。

…ねっころがった。


「え、ちょ、待っ、ゆ、ふ、しみ、くん!!!?」

「おや、呼び方が戻っておられますよ?」

「いやいやいやいやいや!」


そこでそんな意地悪を言わなくてもよいではないか!この状況でテンパらない人間居ないと思うんだよね!だって、これはいわゆる…!


「…膝枕の所望は、欲張りすぎでしょうか?」

「あ、う、ううんっ!そんなことは、ないんだけど!」

「……けど?」

「その…っ、さすがにこれは、予想外で!こ、こころの準備というものを、してなかったから、驚いちゃって……だから、決して嫌とかじゃ、ないんだよ!」

「…では、暫しこうしていても?」

「うん!ゆづくんこそ、嫌じゃなければどうぞ!」


まさか膝枕を、しかも外で要求されるとは思わなんだ。いつも完璧に、優雅に振る舞うゆづくんが、わたしの前では気を緩めて甘えてくれるなんて。恥ずかしいけど、嬉しい気持ちの方がずっと大きい。


「痺れたり、辛くなったら言ってください。すぐに退きます」

「ううん、大丈夫!わたし肉付きいいから!ちょっとやそっとのことじゃ平気!」

「……お陰で、とてもあたたかくて、やわらかくて…心地よいです」

「っ!!?」


普段のゆづくんなら絶対に言わないようなことだと思う。ということは、素のゆづくんの感想…かな。こんなこと思ったり、言うひとだったんだ。普段とのギャップがすごくてどうしよう…


「ふふ。気を緩めたら、眠ってしまいそうです」

「……いいよ?」

「…え?」

「わたしと居るときくらいは、肩肘張らずにいて。今だけは…ただのゆづくんでいいんだよ」


わたしの前でくらいは、たまには役目を忘れて羽を伸ばしてほしい。その一心で、気づいたらわたしはゆづくんの頭を撫でていた。わたしの突然の行動に、ゆづくんは珍しく驚いた顔をしていたけど、すぐ嬉しそうに目を細めてくれた。


「そんなことを仰ってくれるのはあかりだけです。甘やかされるのも、悪くないものなのですね」

「わたし、上手に甘やかしてあげられてる?」

「ええ、とっても。膝枕でうたた寝なんて、はじめての経験です」

「寝ちゃえばいいのに。少ししたら起こすよ」

「そうしたいのは山々ですが…辛抱します。わたくしも今のうちに沢山、あかりと話したいです」


優雅な手つきで、わたしの空いていた方の手を取って、やんわり握った。ほんとに毎日水仕事してるのか疑いたくなるくらい綺麗で…大きくて、あったかい手。


「あかり。重ね重ねで申し訳ありませんが……あとひとつだけ、我儘を申し上げても宜しいですか」

「なんでも言って」

「今後一切、わたくし以外に膝枕はしないでいただけませんか。…例え坊ちゃま相手でも」


なんだか複雑そうな顔でゆづくんはそう言った。きっと、こういうことは言い慣れてないんだろう。自分本位の、いわゆる我儘というものを。でも、それを、わたしには遠慮がちにでもぶつけてくれる。ゆづくんの我儘を叶えてあげられる権利を、わたしだけが持っている。幸せ以外のなにものでもない。


「わかった。約束する」

「ありがとうございます。…お礼、とまではいきませんでしょうが、今度はわたくしから坊ちゃまにお願いしてみます。またこのような時間を設けていただけるように」

「ゆづくん…」

「わたくしの立場上、すぐには難しいかもしれませんが…また必ず、こうしてふたりで過ごしたいですね」

「うん!」


さっきも思ったけど、桃李くんとゆづくんの三人で行動することに不満は全くない。だけど、もしまた機会があれば。こうしてふたりの時間を過ごしたい。桃李くんが淋しがるのはわかっているけど。ゆづくんの時間を、また独り占めさせてほしい。欲張りでごめんね。

繋いだ手を、きゅっと握りしめる。ゆづくんもそれに応えるように、優しく握り返してくれた。わたしたちを囲む景色がゆっくりオレンジ色になっていく。タイムリミットまであとわずか。それまで、もう少しだけ、このままでいさせて。


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