ステップアップのすすめ




「うえっ…えぐっ…」

「あかり…大丈夫か……?」


なんにも予定のない休日。偶然守沢先輩と遭遇し、幸運なことに自宅で一緒にアニメを観ることになって。せっかく今までとても楽しい鑑賞タイムを過ごしていたのに、突然ダムが崩壊したかのように号泣。もちろん守沢先輩に原因があるわけではない。敢えて言うなら、原因は自分だ。


「せんぱい…っ、死んじゃった…あんなにいい子が……あんな、志半ばで……ぐすっ」

「ああ……仲間を庇って、逝ってしまったな……」

「それに、あの最期の台詞…!ううっ、ひさしぶりだ、こんな切ないのは……」

「よしよし。大丈夫だ。あかりは感情豊かなんだな」


話の途中でキャラが死亡するというのは、戦闘アニメではよくある出来事。この作品でもそれは例外ではなかった。しかし、よりによって推しキャラが仲間を庇って敵に殺られてしまった。そして死に際に、仲間に感謝の言葉を告げるというお涙頂戴のシーンだった。あまりにも悲しくて切ない最期に、守沢先輩の目の前にも関わらず大号泣。


「最期まで筋を通す、男らしい奴だったな。格好いい生きざまだった…」

「ぐすっ、……はい…」

「ちゃらんぽらんに見えて、本当は誰よりも努力していて、優しくて仲間思いで。…本当に、いい奴だったな」


愚図りっぱなしのわたしの頭を優しく撫でてくれる先輩。たかがアニメのキャラが死んだくらいで大袈裟だな、なんて言われなくてよかった。もとより守沢先輩はそんなこと思わないだろうし、もし仮に思っても言わないでいてくれるひとだってわかってるけど。


「続き、大丈夫か?」

「…はい。でも、回想シーンなんかあったら、また泣くかもです…」

「我慢するな。正直でいいと、俺は思うぞ」


ぼろぼろなわたしに代わって次のディスクを入れて再生してくれる。先輩に、しかも今回はお客さまの立場にある守沢先輩にこんな雑用っぽいことをさせるなんて。申し訳ないけど涙で視界が歪んでるのも事実だ。借り物に傷つけてもいけないし、守沢先輩は「いいから任せておけ」と優しく言ってくれるし。ここは素直にお願いした。

死んでしまった推しキャラはメインメンバーのひとりだったため案の定話の途中で何度も回想で出てきて、案の定そのたびにわたしは愚図ってしまった。でも守沢先輩は頭を撫でてくれたり背中をさすってくれたり、とにかくずっと慰めてくれた。申し訳ないと思いつつも嬉しい気持ちが強くて。涙が止まらないのは本当だったけど、少し甘えてしまった。先輩の体温がすぐ傍にあって、心地よくて。離れたくないなって、思っちゃったんだ。

そのままノンストップで見続けていくと、次第に物語も佳境に入り、戦闘シーンが多くなる。激しくて見応えのある映像に、いつの間にか涙は止まって、どんどん引き込まれる。守沢先輩も、わたしと同じように画面に夢中になっている。退屈していないようで一安心。ちょっと血生臭いから嫌がられないか心配だったけど…よかった。臨場感たっぷりの、この大迫力な戦闘シーンがお気に入り。楽しんでもらえているならこの上なくうれしい。




そして……いよいよ終わりを迎えた。主人公の台詞、情感たっぷりのバラード調のエンディングに合わせて最後のエンドロールが流れる。予想を裏切られた、でも最高に感動的な幕引きに一度は止まったはずの涙がまたどうしようもなくあふれる。隣からも鼻水を啜る音が聞こえている。遂に守沢先輩も涙ぐんでしまってた。


「あかり、いい話だったな…!」

「はい…!」

「予想外な展開だったが、最高だ…!素晴らしかった!」

「あの、せんぱい、よかったらティッシュ…」

「あ、すまんな…少し貰おう」


目頭を押さえている守沢先輩。ああ、その姿も格好いい……というか、さっきまであの大きな手で散々頭や背中を撫でてもらっていたのか。…嬉しい。そして恥ずかしい。守沢先輩からしたら、いち後輩を慰める感覚だったんだろうけど……わたしからすれば、好きなひとにずっと慰めてもらっていたわけで。今思うと、とんでもない状況だったと思う。さっきまでと別な意味で全身が熱くなってきた。


「本当に、久しぶりに良作に出逢った」

「あ、えっと…お気に召していただけたなら、よかったです」

「あかりはセンスがいいんだな。また掘り出し物が見つかったら教えてくれ!」


そしたらまた一緒に観よう!なんて明るく言う先輩。…次も泣けるものにしようかな。そうしたら、またあのおっきな手で撫でてもらえるのかな………って、なんて下心だ。ばか。わたしのばか。


「なにか、ご希望のお話とか系統とか、ありますか?」

「うーむ…すぐには思いつかんな。特撮以外、あまり明るくないからな…」

「ふふ。なんだか先輩らしいですね。では、わたしが見繕ってしまっていいですか」

「ああ。あかりが選んだものなら、間違いないだろう。どうやら俺たちは趣味が合うみたいだからな」


その先輩の一言で、さっきまでの悪どい考えなんて一瞬で吹き飛んだ。やっぱり次も少年漫画ベースのものにしようと心に誓った。一緒に観るなら守沢先輩にも楽しんでもらいたい。その結果泣けたとしたら、めっけもん。そのくらいの意識でいよう。一緒に楽しむことが、いちばんだ。


「しかし…あかりがこんなに泣いたり笑ったり、素直に感情を表に出来る子だったなんてな。知らなかったぞ。いつもはもっと落ちついている印象だったから、新しい発見だ」

「ふえっ!?あ、いや、あの…、お恥ずかしい限りです…っ」

「とんでもない。気持ちに素直なのはいいことだ。DVDも面白かったし、お前の新しい部分を見ることができて良かった。今日は充実の一日だ」

「……できれば、あの醜態は誰にも言わないでいただきたいです…!」

「勿論だ。俺しか知らないあかりの一面だ。誰にも洩らさん」

「あ、ありがとうございます…………ん?」

「さ、次はお待ちかねの特撮マラソンだぞ!今度はお前が特撮を見て感動する番だぞ!」


そう言ってわざとらしくわたしから目を逸らし、DVDをセットして座り直した先輩は、何事もなかったかのようにテレビに顔を向ける。でも…気のせい、じゃないよな。わたしの頭を撫でる手が、僅かにだけど震えてる。心なしか視線も落ち着いてないように見える。こんな挙動不審な先輩は見たことない。

お互いに今日が休みじゃなければ、レンタルショップに行かなければ。行ったとしても同じ時間帯に来ていなければ逢えなかった。こんな最高の休日を過ごすことはなかった。アイドルでもヒーローでも学生でもない、ただの守沢先輩を拝むどころか休日独り占めさせてもらって一緒にDVD鑑賞なんて出来なかった。今日は奇跡の連続、こんな日は二度と来ないと思っていた。思っていた、のに。そんな奇跡の先を、わたしは望んでもいいのだろうか。数時間前には「特撮のことを教えてほしい」と言ったのに。今、頭を占めるのは、そんな健気ぶった考えじゃなくなくなっている。…でも、そうしたのは守沢先輩ですよ。集中できなくさせた、先輩が悪い。

意を決して、リモコンに手を伸ばした守沢先輩の袖口をつまんでみる。その瞬間、先輩の肩が大袈裟と言えるくらい跳ね上がった。「…守沢先輩」と遠慮がちに呼べば、先輩はぎこちなく、ゆっくりこちらを見た。その赤い顔には、どんな意味が込められているの。さっきの言葉の意味は、どういうことなの。盛大なリアクションをしたのは、なんで。それでも頭をずっと撫でてくれるのは、どうしてなの。いろいろ訊きたいことはいっぱいある。だけど、今いちばん言いたいことは違う。

……勝算は、無い。でも、それでも。これ以上先輩への気持ちが抑えられそうにないの。ただ一言、だけど、なによりも言いたいこと。「あなたが好きです」と言う為に、覚悟を決めて、息を吸った。




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