神頼みするより、きみに祈りを





あかりちゃんが突然「テディベアの作り方を教えてほしい」と言ってきたのは今から一週間前のこと。なんで俺に頼んできたのか甚だ疑問ではある、俺より鬼龍くんや宗くんの方が裁縫は断然上手なのに。そう思いながらも他ならないあかりちゃんに頼られたのが嬉しくて、依頼を引き受けた。それから夕方の誰も居ない図書室で、少しずつ時間を見つけて一緒にテディベアを作っている。


「むぎちゃん先輩」

「どうしました?」

「ここ、なんか説明書見てもぐちゃぐちゃしててわからない…」

「ちょっと見せてください。……あー…確かにここはちょっと難しいところですね」

「……ごめんなさい…」

「あはは、謝らなくていいんですよ。解らないことは恥じゃありません。じゃあ、まず俺がやってみるので、見ててくださいね」

「うん!」


あかりちゃんは俺に対して多少は心を開いてくれてるのか、俺のことを『むぎちゃん先輩』と呼ぶ。みかくんが『つむちゃん先輩』と呼ぶから「じゃあわたしは、むぎちゃん先輩って呼んでいい?」なんて言ってくれて。親しみを込めて呼んでくれてるのがわかって、嬉しかった。あのときのあかりちゃん可愛かったな。


「……と、こんなかんじですね。今のでわかりましたか?」

「うーん…多分。試しにやってみるから、もし間違ってたら止めて」

「わかりました。がんばって」


真剣な表情で手を動かすあかりちゃん。ゆっくり、でも俺のお手本通りに動かしている。ちゃんと出来ている。俺が言ったこと、見せたことを、しっかり覚えてくれたようだ。


「…うん、大丈夫です。できてますよ」

「やった!」


なにも知らない状態から、ひとつひとつスポンジのように吸収していく。俺が教えたことを、ちゃんと受け止めて覚えていく。態度もすごく真面目で一生懸命。この子は、とても素直で教え甲斐がある。


「このペースでいけば、今日中に完成できるかもしれませんね」

「え、ほんと?」

「はい。今日は俺もいつもより時間とれるので。ついててあげられますから」

「そうなんだ!よし、がんばる!」


俺の言葉に俄然やる気になったあかりちゃん。完成させたいっていう熱意が伝わってきて、俺も出来る限りでサポートを心がける。黙々と作業をしているけれど、ときどき「これ、どうやるんだっけ?」と困り顔できいてくるあかりちゃんが、無性に可愛い。そんなこと言ったら、真剣にがんばってるあかりちゃんに失礼なんだろうけど。思うだけなら、まあ勘弁。


「むぎちゃん先輩、ここ、これで合ってる?」

「えーっと…はい。ばっちりですよ。ちゃんと、できています」

「……あの、ごめんなさい」

「え、え?急に、どうしたんですか?」

「わたし、裁縫初心者だから、いっぱい助けてもらってばかりで…大変でしょう?」

「誰しも最初は初心者です。そんなこと気にしていては埒が明かないですよ」

「でも…」

「それに、俺も楽しいです。あかりちゃんと話しながらお裁縫するの」


手芸部にはちょっと顔を出しづらくなってしまっていたから、いつも縫い物はひとりでしていた。ひとりだと余計なことを考えずに集中できるメリットがあるけれど、こうして話しながらの作業も、たまにはいいなって思う。その相手があかりちゃんだから、尚更嬉しい。そんな下心があること、あかりちゃんは気付いていないだろうけど。


「さ、もう少しです。がんばりましょう」

「…うんっ」


もう少し、という言葉でなんとかあかりちゃんは笑顔を取り戻してくれて。俺なんかの励ましでも、効いたみたいだ。


「…ね、むぎちゃん先輩」

「はい」

「あのね、例えばの話ね。むぎちゃん先輩は、わたしみたいな初心者が作った不格好なテディベアでも…もらったら、喜べる?」


ちくり、と心が痛んだ。今までずっと疑問に思っていたけど、敢えてふれなかった。核心に、ふれたくなかった。なのにあかりちゃんからそんなこと言ってくるなんて。それに、なかなかに酷な質問だ。貰える保証のないものを貰う想像させるなんて。そんな質問が来る時点で、そのテディベアが俺の手元に来るわけないじゃないか。


「…そうですね。俺なら、喜んでもらいますよ」

「ほんと…?」

「はい。だって、裏を返せば不馴れなのに一生懸命作ってくれたってことでしょう。俺なら墓場まで持っていきたいですね」

「そ、そんなに…?」

「ふふ。あくまで、俺なら、ですよ」


そっかあ…なんて、顔をほんのり赤くして呟いたあかりちゃん。俺なら、と繰り返し言ったのに、その頭にあるのは俺じゃない誰かのことだろう。

なんとなく、わかっていた。そのテディベアを誰かに渡すつもりでいること。じゃなければ、あんな顔をしながら作り方を教えてくれなんて言わないだろう。あれは…誰かを想っているのがありありとわかる顔だった。それに気付いた瞬間は断ろうと思った。でもあかりちゃんに頼ってもらえたことが嬉しかった。少しでもあかりちゃんと一緒に居たかった。都合が悪いことには目を瞑り、それだけの理由で引き受けた自分は馬鹿だと思う。でも後悔はしていない。この時間は、確かに俺たちだけの時間だから。プロデューサーでもなんでもない、ただひとりの女の子としてのあかりちゃんを独占できる、唯一の時間だから。

そして作業を始めてから、うすうす感づいていた気持ちはだんだん確信に変わっていった。途中どんなに行き詰まっても、俺が何度か手助けを申し出ても、あかりちゃんは絶対に首を縦に振らなかった。アドバイスだけを求めて、全部自分でやり遂げようとしていた。このテディベアには、あかりちゃんの心がぎゅっと詰まっている。……いいな、羨ましいな。テディベアの主になる男が。あかりちゃんの心にある男が。それな誰なのかは見当ついてないけれど、ただただ、羨ましいと思う。








「できたー!」


嬉しそうな声で、高らかに言ったあかりちゃん。やりきった、充実感いっぱいの顔をしている。


「うん。可愛くできましたね」

「我ながらなかなかの出来だね。でも全部むぎちゃん先輩のお陰だよ」

「いえ。あかりちゃんのがんばりが全てです」


本当に、あかりちゃんはよくがんばった。俺には気付かれないように隠してたつもりなんだろうけれど、針を指に何度か刺しながらも、弱音を吐かず一生懸命がんばっていた。


「ね、知ってる?テディベアって、名前をつけて、はじめてリボン結んだ日が誕生日になるって話」

「あー…どこかで聞いたことあります。ロマンありますよね」

「ね!わたしも、その話聞いたとき素敵だなって思ったの」


この為に用意しておいたのか、ポケットからリボンを取り出して今しがた完成したテディベアの首もとに結んだ。「今日がこの子の誕生日になるね!」なんて言うあかりちゃんは、やっぱり可愛い……


「はい!」

「……え」


そのままの満面の笑顔で、テディベアを差し出すあかりちゃん。ちょっと、状況が飲み込めないんだけど……え、どういうこと?


「むぎちゃん先輩、すごく丁寧に教えてくれたから不格好どころか割と可愛くできたと思う!ていうかそれ以前にあげる予定のひとから教わるなってかんじだよね……」

「……てことは、もしかして、最初から俺に渡すつもりで…?」

「…うん」


照れてる様子のあかりちゃんを見て、脳内が一気に花畑になった。俺が今まで見てきたあかりちゃんのがんばりは、全部俺の為だった。あかりちゃんの努力の結晶といえるテディベアが、今俺の手にある。こんな嬉しいこと、人生ではじめてかもしれない。


「…ありがとうございます。こんな素敵なテディベア、はじめてです。墓場まで持っていきます」

「いやいやいや」

「あ、じゃあ…お礼にもならないと思いますが、俺も、これをあかりちゃんにあげます。ただの見本用、ですけど」

「ほんと?こんな可愛い子、いいの?」

「はい。是非もらってください」

「うれしい!ありがとう!墓場まで持ってくね!」

「いやいやいや」


今あげたものは、特に気持ちを込めて作っていない。本当に、見本通りだけのもの。どうせ墓場まで連れていってもらうなら、あとであかりちゃんの為だけに作るから。…いや、もし新しくテディベアを作って渡したとしても、あかりちゃんは両方持っていくとか言いそうだな。あかりちゃんは、そういう子だ。


「もしよかったらその子には、むぎちゃん先輩が名前つけてあげて」

「そんな大役もらっていいんですか?」

「うん。そのほうが嬉しい。わたしも、その子も」

「わかりました。可愛い名前、つけておきますね」

「そうして。で、可愛がってあげてね。わたしも、この子のこと一生大切にする!」


俺があげたテディベアを心底嬉しそうに抱き締めたあかりちゃん。ああもう、表情も仕草も、なにもかも可愛い。可愛すぎる。テディベア、ちょっとそこ変わって。


「…えっと、むぎちゃん先輩。今日まで本当にお世話になりました。不出来な生徒だったと思うけど、丁寧に教えてくれてありがとう」

「いいえ。あかりちゃん、とても一生懸命で素直な、いい生徒でしたよ。俺も教えていて気持ちがよかったです」

「えへへ、やる気だけは自信あったんだよ。……えっと、むぎちゃん先輩、もう帰る?」

「えっと…少しだけど、戸締まり前にやらなきゃいけないことが残っているので。今日はもう少しここにいます」

「そっか。…わたしがお手伝いできることじゃ、ないんだよね」

「そうですね。委員会のものなので…すみません」

「ううん。じゃあ、わたしは邪魔にならないように、先に帰るね。また明日ね!」

「はい。気を付けて、あかりちゃん」


大きく手を振って「また明日!」と言ってくれたあかりちゃん。ぱたぱたという足音が遠くなる。足音が完全に聞こえなくなったところで、近くの椅子にどかっと座り、背もたれに思いきり身体を預け、天井を仰いだ。

委員会関係の、やるべきことが残っていたのは本当。でもそこまで時間がかかるものではないし、待っててもらうのが不可能なものでもない。でも今日は一緒に帰らないほうが得策だと思った。本当なら一緒に帰りたい、送ってあげたい。だけどこんな浮かれた気分で一緒にいれば、うっかり地雷を踏み倒す可能性も大いにある。

ふう、と息を吐いて、あかりちゃんがくれたテディベアに目をやる。今でもちょっと信じられない。このテディベアが、俺のもとにあることに。…そういえば、こんな話を聞いたこともある。「自分の名前をつけたテディベアを想い人に渡すと両想いになれる」とかなんとか。その話を耳に挟んだときは、そんな迷信さすがの俺でも信じないと思っていた。でも…奇跡めいたことが起きた今なら、ちょっと信じてみてもいいかもしれない。


「信じる者は救われるかなあ……『あかりちゃん』…」


あかりちゃんが一生懸命つくってくれたテディベアに向かって呟いた。…なんか変態くさい気がするけど仕方ない。こんなに可愛いことをしてくれたあかりちゃんが悪い。あ、それとあかりちゃんにあげたテディベアも『つむぎ』っていうことにする。そうすれば願掛け効果も二倍になってくれるだろう。

占いとは全く関係ないけど、願わずにはいられない。どうか、俺たちのキューピッドになって。天使の羽が背中についたテディベアをそっと抱え、ひとりきりの図書室で祈るように呟いた。




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