あほの子と構いたがり
※未来(社会人)設定
「うあぁ〜…気持ち悪いよ〜…」
「自業自得だ、我慢しろ」
「揺れるよーがたがたするよー」
「工事中で道が悪いんだよ」
「おねがい舗装されてる道走って…」
「いいから黙って横になってろ」
時刻は現在21時を回った頃でしょうか。本日わたしは、とある事情で体調不良に陥ってしまった。
余程顔色が悪かったのか、顔を合わせる人を全員心配させてしまい、それどころか早退を勧めてくる人まで出た始末。しかしこの醜態は全て自分の責任。気持ちだけ有難く頂戴し、勤務続行を選択した。今日中にやらなきゃならない仕事もあったし。そんなこんなでサービス残業でなんとか終わらせてきたのはいいが、いざ帰ろうとしたら思うように歩けず。意識はあったものの、足取りふらふら、視界ぐらぐら。無事に帰れる気がしない、しかし会社で寝泊まりは勘弁…というわけで、ダメもとで幼馴染みの衣更真緒に迎えに来てもらった。
ざっと事情を説明すると「なにやってんだ」と呆れ口調を隠すことなくお小言を散々言われたが、最終的には迎えに来てくれた。「15分で行く」と言ったのに10分で来てくれた。真緒が普通の人間より何倍も、何十倍も忙しい身であることは知っている。でも真緒も、きっとわたしがこんな頼み事を出来るのは真緒しかいないことを知っている。だから来てくれたんだろう。結論、めちゃくちゃいいやつ。そして今、現在進行形で真緒の車の後部座席で情けなく潰れています。
「だいたいなんでウィスキーボンボン食ったんだよ。下戸のくせに」
「それがさ…わたし今ちょっと風邪こじらせてまして」
「話が見えないんだけど」
「まあまあ。とりあえず最後まで聞いておくれよ」
「…おう」
「どうも。わたしもさ、なまじ立場ある人間になっちゃったもんだから、簡単に休んだり遅刻早退もできないわけで」
「まあ…そうだな」
「市販薬でだいたいは治ったんだけど完治まではいかなくて。そして今日、どこからの差し入れかなんかわかんないけどウィスキーボンボンがあったのよ」
「…もう嫌な予感しかしねえよ」
「で、わたしは天才的閃きを発揮したわけよ。ウィスキーはお酒、つまりアルコール成分入ってるから、これは消毒になるんじゃないかって」
「馬鹿じゃねえの」
「で、食べてから思い出したの。わたし下戸だったって」
「馬鹿じゃねえの」
「何故二回言ったし」
「理解させようかと」
「うわあ、腹立………気持ち悪っ」
「待て待て待て!!今どっか止まってやるから!!戻すならせめて袋にしてくれ!!こいつ買ってまだ一年経ってないんだよ!頼むから汚さないでくれ!!!」
わたしより車の心配かい。まあ…そりゃそうだよな。新車だし。この車買うのに一生懸命お金貯めてたもんね。そりゃあ大事にしたいよね。大事にするべきだ。それに、せめて袋にって言ってくれてるし。やっぱりいいやつ。袋をスタンバイさせながら、しみじみ思ってしまう。
「……ふう。取り敢えず一旦止まるぞ」
「んー…コンビニ?」
「おう。ちょっと待ってろ」
「はーい」
わたしを気遣ってか真緒は割と丁寧にドアを閉める。しかしこの僅かな揺れでも気持ち悪くなる。本当に重症らしい。悪酔いもいいとこだ。でも意識はあるし、記憶もちゃんとある。会話だって成立しているし、呂律が回っていないこともない。だけどこの体たらく。あ、頭痛くなってきた。
「おう。待たせたな」
「ううん。…お、コーヒーのいい匂いだ」
「新作だとさ」
「ちょーだい」
「あほ。酔っ払いには水って相場なの」
「酔っ払いじゃないし。……でも…ありがとう」
「どういたしまして」
買ってきてくれたばかりだけどあまり冷たくない。でも喉は渇いてるので蓋を開けて一気に喉へ流し込んだ。…………もしかして。一気飲みを見越して、わざと常温のお水にしたとかじゃ…ないよね。そんなまさか。そこまで気が利く奴なわけ……いや、真緒なら、有り得るかも。気遣いや世話焼きの化身だもんなあ。それにしてもお水美味しいな。
「ふう…」
「気分は?」
「お水超美味しい」
「そりゃよかった」
ハイペースで飲んでもお腹痛くならないし、このテンションでも普通に飲める。常温のお水がこんなに美味しいとは知らなんだ。神か。
「今より少しでも体調おかしくなったらすぐ言えよな」
「わかった。車は意地でも汚さないから安心してね」
「そういうことじゃねえけど……にしても、んな体調になっても早退しなかったんだな」
「そうだね。まず、帰るって選択肢がなかった。仕事残ってたし、自業自得だし」
「それはそうだが。…あかりって仕事には割と真摯だよな。そこは尊敬する」
「割とって失礼ね。…まあ、ありがと」
「だからこそ、もう少し気をつけろ。前代未聞すぎんだろ、ウィスキーボンボンで消毒って」
「はい…」
「二度とやるなよ。酒が平気ならまだしも、消毒どころかたかだか一粒で潰れてんだから」
「面目ないです…」
「会社でもお前の代わり、居ないんだろ?それくらい頼られてるんだろ?普段からの頑張り、こんなことで崩してどうする」
「全くもって仰る通りです…」
まともすぎる説教に返す言葉もありません。耳に痛いけど、全部事実だ。『自業自得』という意味が、辞書よりわかりやすい状態。
「自己管理ってか、もっとしっかり危機感持て。今日だって俺が居なかったらどうするつもりしてたんだよ」
「………それは考えなかった。真緒、居なかったことないし」
どんなに文句垂れようが呆れようが、なんだかんだ言ったって最後には絶対助けてくれる。結局のところ見捨てないでいてくれる。今までがそうだった。これからも多分そうなんだろうと、根拠も確証も無いけど勝手に思ってる。
「…それなんて殺し文句?」
「なんか言った?」
「いや別に」
「でもそうだよね。真緒だって、いつも手が空いてる訳じゃないよね。それにいつかは彼女とかできるだろうし、そうなると今まで通りにはいかないか…」
「……んなもん要らねえよ。あかりだけで手一杯」
「ぶえっくしょいぃっ!!!」
「………」
「うへえ、鼻がむずむずする…ごめん真緒。わたしが?なんだい?」
「…なんでもねえよ」
…絶対嘘だ。なんでもない言い方じゃない。言いたいことは言えばいいのに。今更遠慮する間柄じゃないじゃないでしょうよ。……と、食い下がる元気は今もってない。そして自分の豪快くしゃみで頭痛再発。考えるのが辛い。よし、やめよう。
「で、どうすんだ?帰るか、もう少し休むか」
「うーん…出来ればもう少し休みたい」
「…しゃーねえな。んじゃ、ちょっくらドライブといきますか」
「……真緒。明日、仕事は?」
「普通にあるよ」
「じゃあいい。帰ろう」
「ばか言え。幾ら自業自得でも放っておけるか」
自分で尋ねたくせに選択肢無しかい。というわけでドライブ確定ルートへ。「うし、いくぞー」なんて言いながら真緒は車をゆっくり発進させる。……普段からなかなか運転上手いとは思ってたけど、今回はいつにも増して丁寧。さっきと比べても全然揺れない。道路も選んでくれてるのかな。ちくしょう、憎たらしいくらい頼りになる。
「寒くないか」
「ん。だいじょーぶ」
「そうか。ところであかり、明日は何時に終わる?」
「残業なるかもしれないけど…定時なら18時」
「わかった、18時な。少し過ぎるかもだが待ってろよ。明日も来てやる」
「…なに、淋しがり?」
「なんでそうなる」
「頼んでないのに迎えに来てくれるとか……どうしたの。神か」
「今日がこんな調子なんだ、明日ちゃんと帰れるかどうか怪しいだろ」
「うわあ、かわいくない。素直にわたしに逢いたいと言いなさいな」
「かわいくないのはどっちだ。いいからもう黙って寝てろ。…これ使っていいから」
無造作に放られた、真緒の私物と思われる洒落たコート。掛けていいってか。…まじでどうしたの。使うわたしもわたしなんだけど。……ついでに明日も来てくれると言ってくれたけど、本気かな。待ってたら、本当に来てくれるのかな。
ただの腐れ縁で幼馴染みのはずなのに。過度な期待をしてしまうのは、きっと悪酔いしてるせい。酔いが冷めれば目も覚めるに違いない。もう余計なことは考えずに寝ようと、まだ真緒の体温が残る大きめのコートにくるまって目を閉じた。
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