ジレンマの理由





最近、恋人の様子がおかしい。

ここ数日、急にキスを拒否されるようになった。なんの前兆もなく、本当にいきなり。あまりの展開に、ぶっちゃけ意味がわからない。

しかし昼飯は毎日一緒に食べてくれるし、登下校も一緒だし手を繋いだり抱き締めたりといったスキンシップは嫌がらない。寧ろ喜んでもらえてるから嫌われてはないと思う。なのに、どんなにいい雰囲気になってもキスだけは断固として拒否されるようになってしまった。

自分の行動に問題があったかと思い返してみたが一応思い当たる節は無かった。無意識にあかりにとって嫌なことをしてしまったのかもしれないけど。そうだとしたらきちんと謝りたい。いずれにせよ理由が知りたい。でないと、こうして一緒に居てもよくない考えばかりが頭の中をぐるぐる回る。

今日も一緒に昼飯を済ませて、ふたりきりで居られる昼休みの時間も残り少ない。一刻も早くこのもやもやを解消したい。前みたいにキスしたい。そう思うのはおかしいのかな。いや、そんなことないよな。だって好き同士なんだから。


「あかり」

「なあに、真緒くん……うひゃあっ!」


懲りずにリベンジを狙ってみるも、またもやすんでのところで回避された。俺が近付いた分の、倍以上も後退りして。


「だっ、だめ!」

「なんでだよ」

「だめなものはだめなの!」


なんでと訊いてもだめの一点張り。…なかなか話してくれないことに対して、腹が立つというより、悲しいとか淋しいの感情のが大きかった。俺はそんなに信用がないのか?


「あかり、俺のこと嫌いか?」

「え…?」

「理由なく拒絶されるのは、結構堪えるんだけど」


俺の感情が少なからず伝わったのか、あかりも申し訳なさそうな顔をして俯いてしまった。もう…だめなのか。そう思って顔を覗き込んだら、あかりの目がきょろきょろ動いているのが見えた。これは……多分だけど、話すタイミングを伺っているのだろう。あかりは嘘をついたことはない。なにかあるなら、誤魔化さずに正直に話してくれるはずだ。問い質したい気持ちを抑えて様子を伺う。


「…怒ったり、笑ったりしない?」

「理由次第だな」

「……そっか…うん、そうだよね…」

「まずは話してくれよ。理由があるなら、ちゃんと聞くから」


やっぱりなにか事情があったらしい。急かさず、なるべくあかりが話しやすい空気を作るよう心掛ける。その甲斐あってか、少ししたら珍しくあかりから俺の手を握ってきた。


「あっ…あのね」

「うん」

「実は……口内炎、できちゃって」

「うん…………………うん?」

「一昨日あたりから、マックス痛い時期に差し掛かっちゃって。…飲み食いにも支障が出るくらい」


…そう言われてみれば。昨日あたりからいつもより食べるのが遅かった気がしないでもない。しかしどうも納得いかない。俺だって口内炎出来たことあるし、一時的に痛くなるのも知ってる。だけどそれだけでこんなに拒否されるものか?


「どこ?見せてみ」

「やだ!すっごい変なとこに出来てるから!不細工になる!」

「疑ってるわけじゃねーけど、ちゃんと証拠見せて。それに、これでも一応心配してんだぞ」

「……わ、わかった…」


あかりが渋々指差した下くちびるを少しめくってみると、白い丸がふたつ並んで、間違いなくそこにあった。


「あー…こりゃ確かにやばそうだわ」

「でひょ…?」


なるほど、こうしてふたつ並んでいるなら話は別だ。これはめちゃくちゃ痛いやつだ。確かに存在した証拠に、取り敢えず疑問と不安は解消された。……の、だけれど。なんだろう、なんか変な気持ち。


「はあー…」

「え、なんで溜め息!?」

「いや…なんか気ぃ抜けたっていうか………そっかあ、口内炎かあ…」

「想像以上に痛いの!結構非常事態だよ!」

「でも事例が事例だからなあ…………ふふっ」

「しかも笑ってるじゃん!もう、嘘つき!詐欺師!真緒ちゃん!」

「おい、ちゃん付けはやめろ!」

「真緒ちゃん真緒ちゃん真緒ちゃん真緒ちゃん真緒ちゃん」

「それ以上呼んだらちゅーすっぞ」

「うっ…ごめんなさい……」


余程痛いのが嫌なのか、しおらしく謝ってきた。無許可でしてやってもよかったかなと今更後悔。でも痛い思いはさせたくないから、別にいっか。


「まあ…取り敢えず、嫌われてないのがわかって、よかった」

「嫌ってなんかないよ!…でも、誤解させちゃったのは、わたしがちゃんとしなかったからだね。不安にさせて、ごめんなさい」

「いいよ。でも次からはちゃんと言ってくれな。そしたら理解してやれるし、納得もするから」

「約束する」

「よし。じゃあちゃんと約束しような」


指切りげんまん、と絡まる小指があったかい。こうしてるだけで、さっきまでの負の感情がどこかに行ってしまうのだから恋の力とやらは恐ろしい。


「それで、さ。相談なんだが」

「うん」

「痛くないように、かるーくするから。一回だけ、ちゅーしていいか?」

「…ええっ!?ど、どうしよう…」

「なんで迷うんだよ」

「だって………わたし、真緒くんとちゅーするの、すきなの」

「…おっ、おう……」

「だから…一回しちゃうと、もっとしたくなっちゃうから。その…わたしの方が」

「………」

「でも、い、一回だけなら、いいよ!」

「…まじ?」

「でも、ほんとに、軽くしてね?」

「わかったわかった」


顔を赤くして、目をぎゅっと瞑っているその姿は、初めてキスしたときの姿に重なる。あのときより慎重に、そっと、ふれるだけのキスをした。久しぶりにふれたあかりのくちびるは、やわらかくてあったかくて相変わらず心地よかった。


「痛かったか?」

「…ん、大丈夫」

「よかった。ありがとな」

「こちらこそ。ね、真緒くん」

「どした?」

「痛いの治ったら、いっぱいちゅーしようね」

「我慢させた分、あかりからしてくれたら嬉しいんだがな」

「…がんばる」


俺の意地の悪い提案にも、そう言って笑ったあかりは尋常じゃない可愛さで。今すぐに治んねーかなと無理難題を願ってしまう。

そういえば口内炎にはビタミンがいいって聞いたことあるような気がする。教室に戻ったら鳴上あたりにいいかんじのビタミンでも尋ねてみるか。



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