ありふれた日常を輝かせて






「っくしょん!」


隣を歩く千秋が、いきなり思いっきりくしゃみをかました。結構豪快でなかなか驚いたけれど、そもそも千秋がくしゃみなんて珍しい。


「風邪?」

「あ、いや、すまん。大丈夫だ」

「…本当に?」

「本当だ!あかりは俺が嘘を言うと思っているのか」

「嘘っていうか、千秋は格好つけしいだから。変なところで強がる癖あるじゃない」

「うっ……」

「あはは、図星」


わたしと千秋はそれなりに長い時間を過ごしているんだ。お互いの性格は知っている。千秋がわかりやすいこともあるけれど、それを差し引いても、好きなひと、ましてや彼氏のことは誰よりも理解しているつもりだ。


「でも本当に風邪ではなさそうだね」

「あ、ああ。それは本当だ」

「うん。そこは信じる。だから、違和感あるときはちゃんと言って」

「わかった。あかりも、なにかあるときは必ず言ってくれ」

「それはお互いにね。……今、寒い?」

「いや……少し、な」

「ふふ。少し、ね」


微妙な言い回しに思わず笑ってしまった。完全に素直にはなってないけど、ちょっと本音をこぼしてくれた。強がりで格好つけしいな千秋が、わたしにだけ見せる一面。だから、ちょっとでも認めたときはあまり否定はしないであげる。

…以前の千秋は、辛かったり困っていることとかを絶対に言わなかった。弱っているひとの心には遠慮なしに寄り添うくせに、ひとには千秋のことを心配させない、させたがらない。そんな千秋の態度に淋しくなって「千秋が言ってくれないなら、わたしも二度と言わない」と一度だけ言ったことがある。そしたら千秋は「それは困る!」と凄く焦っていたっけ。それ以来、あれが相当堪えたのか少しずつだけど千秋もわたしにはいろいろ話してくれるようになった。千秋はそういうところを見せることに相変わらず抵抗が抜けないみたいだけど、わたしはいい変化だと思う。

それにしても千秋は体温高いから余計に寒く感じるのかな。…いやでも割と防寒対策はきちんとしている方だったし、日頃から気を付けているとは思っていたんだけどな……………ん?


「…ね、千秋」

「ん?なんだ?」

「そういえばさ、マフラーは?」


ここのところ忙しかった千秋と最後に逢ったのは冬休みに入る前だった。あの日逢ったときは、あったかそうなマフラーを巻いていたはずだった。しかし今日はあの日より寒い。もし忘れてきちゃったなら相当な痛手だ。くしゃみの原因はそれかな?首もとが寒いと全身寒くなるっていうもんね。


「ああ。実はだな、このあいだ校門前の雪だるまにあげた」

「なんじゃそりゃ」

「あんなところでひとりきりの雪だるまがどうにも可哀想でな。少しでも暖が取れたならいいのだが」


雪だるまをあっためたら逆に溶ける原因になるのでは…?と思ったが、千秋が心の底から「いいことをした」と思い込んでいるようなので、そこに水を差すのはやめよう。……それにこれは、ちょうどいいかも。


「千秋」

「どうした?」

「あのね…今更、なんだけど」


鞄を開けて、しまっていたものを取り出す。そもそも今日はこれを渡したくて、千秋に時間を作ってもらったんだ。


「遅くなって、ごめん」


わたしの鞄から出てきた綺麗な包装を見つめて、きょとんとしている千秋。…鈍いなあ。ま、そういうところも好きなんだけどさ。差し出しながら「クリスマスプレゼント」と言ったらようやく事態を理解したのか、千秋は勢いよく首を横に振った。


「そんな、ごめんだなんて言わないでくれ。俺が忙しくて、時間を作れなかったのが悪いんだ」

「千秋こそ謝らないで。千秋、全然悪くないでしょ。アイドル活動がんばってたの、知ってるから」


千秋が全力でがんばる姿を知っている。いつだって一生懸命で全力投球だから、わたしも応援しようって思える。女の子のファンもたくさんいるけれど、おもに流星隊がファミリー層や子供中心に人気を集めているのも安心できる理由のひとつではある。でも安心できるいちばんの理由は、休みができたらこうして必ず報告してくれて、必ず逢う時間を作ってくれるから。だからかな、イブとかクリスマス当日に逢えなくてもあまり気にならないのは。毎日、大事にしてもらえているって実感があるから、世間一般でいう特別な日に特別なことをしなくても大丈夫なのだろう。


「発端になったわたしが言うのもあれだけど、もうお互い謝るの無しね!」

「…わかった。お互い余計な気遣いは無用だな」


わたしの言葉にようやく表情を緩めた千秋は、手を伸ばしてプレゼントを受け取ってくれた。勿論「ありがとう」と律儀にお礼を言いながら。


「と、いうわけで。早速開けてもいいか」

「どうぞどうぞ」

「ありがとうな。………おお!マフラーだ!」


狙っていたわけではないんだけど、偶然にもマフラーを用意していた。ワンポイントが可愛い、グレーのチェック柄。赤も真っ先に考えたけど、千秋はいろんな私物や私服に赤が多かったのを思い出して避けて、使い勝手が良さそうな明るめのグレーにした。


「本当にありがとう、あかり!今使ってもいいか」

「うん。タグとかは切ってもらってるはずだから、すぐ使えるはず」

「毎度のことながら気が利くな!…お、このワンポイントが可愛らしいな」

「でしょ!わたしもそこが気に入って、買う決め手になったところ」

「やはりな!前から思っていたが、あかりはセンスがいい………………ん?」


マフラーをまじまじと見ていた千秋の視線が、わたしの首元へ動く。あらら、もう気付いちゃったか。まったく、変なところで鋭いんだから。……実はこっそり、色ちがいで買ってたんだよね。千秋はグレー、わたしは白黒チェック。今つけてるのが、まさにそう。このワンポイントで気付いたのかな。


「…ありがとうな。大切に使わせてもらおう」

「…いえいえ」


嬉しそうにマフラーを巻いた千秋を見ていたら、急に照れくさくなった。こっそり色ちがいでお揃い仕込むって……ねえ。あ、でも千秋、グレー似合ってる。よかった。


「…ああっ!」

「うわ!びっくりした…なによ、いきなり大声出して」

「すまんあかり!俺、なにも用意していない!」

「ああ、そんなこと。気にしないでいいよ」

「よくない!俺ばかりもらっていては不公平だ!俺だって、あかりに喜んでもらいたい!…忘れていてどの口がほざくかって思うだろうが」

「そんなこと思わないよ」

「ならばあかり、なんでも言ってくれ。今からでも贈らせてほしい!俺が、あかりにあげたいんだ。……あ、金銭的に可能な限りのものになってしまうが…」


最後の一言に思わず吹き出した。なんでも、と言っておきながら限度があるなんて。貴金属でもねだられると思ったか?千秋がわたしを想って選んでくれたものならなんでも喜べる自信はあるけれど、今のわたしがいちばんほしいのは、そういうものじゃない。千秋のようすから、多少のわがままは許されそうだ。…一か八か、賭けてみよう。


「…千秋、今日はこれから時間ある?」

「ああ。今日は大丈夫だ」

「ほんと?…えっとね、ちょっと遠いんだけど、気になってるケーキバイキングのお店があって。千秋さえよければ、今から一緒に行ってほしい」

「今から?まあ、それくらいお安いご用だが…それでいいのか?」

「まだあるよ。そのあとはショッピングモールにも行きたい。最近リュックがほしくて、なにかいいもの見つけられたらいいなって」

「お!リュックだな!わかった、気に入ったものがあれば遠慮なく言ってくれ」

「まあ、リュックもそうなんだけど…それより……千秋の時間が、いちばんほしい」


ケーキバイキングをごちそうしてもらおうとか、リュックを買ってもらおうとか、そんなことは考えてない。ただ千秋と一緒に行きたい。一緒にいたい。今日、帰るまでの千秋の時間を、独り占めさせてほしい。実はそれだけ。お金で買えないものこそ価値があるとは、まさにこのこと。


「あかりは、たまに予想できないことを言うんだな…」

「…そうかな」

「ああ、結構驚いた。それに…それでは、俺もいい思いしかしないだろう。あかりは、それでいいのか…?」

「千秋は、なにか不都合あるの?」

「いや、全く」


わたしの手を取って「俺も、あかりと一緒にいられるなら本望だ」と屈託のない笑顔を向けてくれる。ああ、このひとを好きになってよかったな、このひとに好かれて幸せだなあって、どうしようもなく思う瞬間。

その眩しい笑顔のまま「どこへでも一緒に行こう!」とわたしの手を引いて歩き出した千秋。引っ張られるような形になり自然と小走りになる。ふわりと、ふたつのマフラーが寄り添って冬の景色に揺れた。




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