変態ときどき王子さま
最近、日々樹先輩の悪戯という名のドッキリ攻撃が酷い。ことあるごとに小さな悪戯を仕掛けて、わたしの反応を見てそれはそれは楽しんでいる。恐らく、わたしの驚いた顔が面白いのだろう。わたしを驚かせるたびに、日々樹先輩はものすごく幸せそうな顔をするのだ。
死ぬほど嫌ってわけではないんだけど…いつ仕掛けてくるか全く予想がつかないからとにかく心臓に悪い。寿命は確実に縮んでいる。やめてとは言わないから、せめてもう少し頻度とか内容とか、なんとかならないものか。しかし果たしてあのひとにそういった要求が通用するのか。いや、聞き入れてもらえないだろう。
「はあ…どうしよう」
「Amazing!!!」
「うぎゃあああああっ!!!!!」
階段を上りきったところでのドッキリ。目の前を何羽かわからないけど白い鳩さんが結構な勢いで通り過ぎた。どこから出したんだ?とか蓮巳先輩に怒られますよとか、いろいろ言いたいことはあったけどそれどころじゃない。場所的に相当よろしくなかったらしく、驚いた拍子に足を踏み外して身体が斜めになった。やばいな、これ頭から落ちたら死ぬのかな。わたしの人生短かったなあ……
このまま落ちるのかと思うと、妙に客観的に状況を見ていられる。これから感じるであろう痛みに備えて、ぎゅっと目を瞑った。しかし待てど暮らせどいつまで経っても痛くない。そーっと目を開けると、珍しく慌てた様子の日々樹先輩が、ぎりぎりのところでわたしの腕を掴んでくれていた。
「すみませんあかりさん。少々ふざけ過ぎました」
「あ、いえ、大丈夫です…」
なにを冷静に返事しているんだ。大丈夫なんかじゃないのに。心臓破裂したかと思うくらいびっくりしたのに。
「ちょっと強く引っ張りますね。…よいしょっ」
「あっ、…ありがとう、ございます」
「お礼なんて、よしてください。寧ろ私は謝らなければいけません」
「いえ、日々樹先輩こそ。わたしは本当に、大丈夫ですので…っ!」
ずきり、と左の足首が痛んだ。咄嗟に踏ん張ったときに変な方向に曲がったかな。ごめんなさい大丈夫じゃなかった。
「痛むんですか?」
「………少し…」
「大変です。すぐに保健室へ行きましょう」
ふわり、と浮いたからだ。すぐ近くにある日々樹先輩の整った顔。
…まさかこれは、俗に言うお姫様抱っことやらですか!?はじめてのお姫様抱っこのお相手が日々樹先輩ということも衝撃だけど、この状況に頭がうまくついていかない。
「ち、ちょちょちょちょっと!日々樹先輩!下ろしてくださいっ!」
「おや?そのように焦った顔もなかなか魅力的…と言いたいところですが。私が招いた事態ですからね、責任取らせてください」
「ちゃっかり言ってますよね。って、そうじゃなくて!それより…重い、でしょ?」
「ご冗談を。その気になれば片腕でも軽いものです。試してみますか?」
「あ、うん。先輩の腕力が強いのはわかりました!ですがやっぱりだめです!」
「…他に何か気がかりなことでも?この日々樹渉に何なりと申し付けください」
「あ、その…っ、…………スカート……」
下ろしてくれそうにないことはわかったから、素直に白状してみた。とは言え、ばか正直に「スカートが捲れ上がってぱんつが見えちゃう」とは流石に言えず、遠回しにそう伝えるのが限界だった。
「…成程。重ね重ねの無礼をお許しください」
中途半端な言い方をしてしまったが、無事に伝わったらしい。前言通り、日々樹先輩は本当に片腕でわたしを支え、空いた方の腕で器用にジャケットを取っ払う。そしてあっという間にわたしのおなかにくるっと巻き付けた。
「はい、これで安心です」
「待って先輩、これじゃブレザーがしわくちゃに…」
「私の私物など、あなたと比べるまでもありません。さ、参りましょう」
窓から保健室までひとっ飛び!……とは流石にしなかった。わたしがいるからそんな無茶しなかったのかな。
至って普通に、でも人目がつかない道を選んで保健室まで運んでくれた。佐賀美先生は留守だったけど日々樹先輩は気にすることなく、手頃なソファにわたしを座らせて棚を物色、必要なものを持ってきて、ごく自然に処置をしてくれる。
「…手際いいですね」
「うちは英智が病弱でしょう?なので、病気や怪我の応急処置の知識はある程度刷り込んであります」
珍しく素直に事情を話してくれたその言葉に嘘はないのだろう。日々樹先輩はてきぱきと手当てしてくれる。全部の行程があっという間で、まるで手品を見ているかのようだ。
「プロデューサーであるあかりさんには無理難題かもしれませんが、暫くの間は必要以上に力を入れたり動かしたりしてはいけませんよ」
「んー、確かに無理難題ですね…」
「痛みが酷くなったり、長距離の移動を伴う場合は、是非私を使ってください。この日々樹渉、喜んであなたの手足となりましょう」
「それこそ無理ですよ!そんなパシりみたいなこと…」
「このような事態を招いたのは他でもない私です。責任を取る義務があります」
いつにも増して真面目な雰囲気。舞台上のときと変わらない…ううん、それ以上かもしれない。
「…あなたにちょっかいを出すうえで、絶対に怖い思いや痛い思いはさせないと、勝手ながら決めていました。なのに実際は、この体たらく…自分がこんなに憎らしいのは初めてです」
まるで、自責の念に駆られているような、そんな顔。日々樹先輩のこんな顔、見たことない。
「…どうしてそこまで、わたしに構おうとするのですか」
ずっと抱いていた疑問が、ふいに出た。わたしはfineの担当プロデューサーじゃない。よくお手伝いはさせてもらうけど。ましてや真白くんや氷鷹くんみたいに部活が一緒なわけでもない。よくよく考えれば日々樹先輩とは特別に接点はない。
けれどいつの間にか、よく構われるようになってた。きっかけは、なんだったかな。
「いつでしたかね…ほんの気まぐれであなたを驚かせたら、予想以上にあなたの驚いた顔が魅力的で。私は一目で虜になってしまいました」
「…あまり褒められてる気がしません」
「あなたの驚いた顔が見たい。最初はそれだけの動機でした。ですが…あなたのいろんな顔を発見するうちに、段々と他の感情が芽生えてきてしまいましてね」
「…日々樹先輩?」
「私に文句を言っている間は、あなたは私のことしか考えていないでしょう。即ち、その瞬間だけは、あなたの視界も、思考回路も、すべて私が独り占めできる。一瞬でも、私だけのあなたになってくれる。それが嬉しかったのですよ」
はじめてかもしれない、先輩がこんなことを話すのは。そして、先輩を前にして、こんなに苦しい気持ちになるのもはじめてだ。調子狂うな。先輩はもっと元気で、愉快そうに、余裕たっぷりにしていて欲しい。
「あかりさん。今日は本当に、すみませんでした」
「…次からは、もう少し控え目ないたずらにしてください」
「善処しましょう」
ああ、もう二度とちょっかい出さないでと言うせっかくのチャンスだったのに。
ここで次を許してしまうあたり、わたしも心のどこかで日々樹先輩からの悪戯を待っているのかもしれない。…実際、あれがなかったらものすごく普通でつまらない生活だし。
「あかりさん。足が良くなりましたら、演劇部にいらしてください。お茶とお菓子と、様々なものでおもてなししましょう」
「そんな、お気遣いなく…」
「ご安心を。今度こそ絶対に、危害を加えないと約束します」
まるで子供に諭すような優しい表情に、優しい口調。そこで気付いた。今まで、日々樹先輩の悪戯は心臓にこそ悪かったけれど実害は決して無かった。今回は不運だっただけで、日々樹先輩はわたしに危害を加えるようなことはただの一度もなかった。
寧ろ今回は必死になって助けてくれた。心配して、手当てまでしてくれた。もしかしたら、自分で思うよりも大事にされているのかもしれないと、自惚れてしまいそうだ。
「あなた好みの、とびきり美味しいお茶とお菓子を用意しましょう」
「…他には?」
「おや、なにをお望みで?」
「………日々樹先輩の、門外不出の手品が見たいです」
「…ふふふ、予想外の答えで嬉しいです。期待に応えなければいけませんね。腕が鳴ります」
「期待していいですか?」
「勿論です。…ですから、必ずいらしてくださいね。可愛いお姫様」
そう言ってわたしにかしずいた日々樹先輩は、まるで一国の王子様と見違えてしまう程に綺麗で。
……ああもう。このひとには絶対に騙されないって固く心に誓ったはずなのに。わたしはもう、この捻挫が完治する日を早くも待ち望んでしまっている。
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