気づけば底無し沼





プロデューサーになってある程度経つけど、その間に今まで困難やトラブルは幾つもあった。そのたびに自力で、ときにはアイドルのみんなと一緒に臨機応変に対応して切り抜けてきた。

しかし現在。どうにもならない困難にぶち当たっている。高い天井についている電球の交換、しかも複数という単独ミッションに完全に行き詰まっている。…単独と格好つけて表現してみたけど実際は誰も近くにいなくてひとり淋しく作業しているだけ。

打開する為の秘密道具(普通の脚立)はこんなときに限って行方不明。探し物って、不思議なことに探しているときには見つからない。そしてなんでもないときにふらっと見つかる。何故か。脚立ないと無理だよ。うーむ………完全に詰みである。ミッションインポッシブル。



「こんにちは、あかり」

「深海先輩。こんにちは」


偶然通りかかったのか、いつもの穏やかな雰囲気で話しかけてくれた。先輩に対して失礼かもだけど深海先輩は笑顔が本当に可愛い。見ているこっちまで幸せになる。…あれ、制服が濡れてない。珍しい…水浴びしてないのかな。それとも、もうし終わって着替えたのかな。


「あかり。なんだかむずかしい『かお』してます。なにか『おこまりごと』ですか?」

「実は…そこのレッスン室の電球が切れちゃって。交換したいのですが脚立がどこにもなくて。探していたところなんです」

「なるほど。あかり、ちいさいですからね。『きゃたつ』がないと、とどかないんですね」

「うっ…全くもってその通りです……」


深海先輩から見て、だけでなく、わたしは女子の平均身長よりも小さい。みんな「女の子は小さい方が可愛い」と声を揃えるけれど小さいのは不便なことだって多いことをもっと知って欲しい。人波にさらわれやすい、高いところのものが取れない、電車の吊革に届かない、今みたいに電球の交換ですら一苦労、等々。小さいイコール可愛いというのも偏見でしかない。実際わたしは特段モテてるわけでもない。


「あかり。ぼくでよければ、てつだいましょうか?」

「…いいんですか?」

「はい。ヒーローは、こまっているひとの『みかた』ですからね」


願ってもない申し出に、わたしは即「お願いします!」と返事をした。でも深海先輩は優しいから、わたしからお願いしてもきっと快く引き受けてくれたに違いない。

そういえば…最近、深海先輩はわたしの名前を呼び捨てにしてくれる。嫌ではない、寧ろ嬉しい。自然とそう呼んでくれるようになったから少しは信頼されているのかな、と浅はかな自惚れに浸る。ひとりでにやけそうになるのを堪えて早速問題のレッスン室に案内する。


「ここです」

「あらあら。こときれてますね…どざえもん…ふふ」


電気をぱちぱちとつけたり消したりを繰り返し、切れている電球の場所をお知らせ。近くにあった椅子に上って、よいしょと腕を伸ばしてくれる深海先輩。しかし…深海先輩の背をもってしても少し足りない。


「うーん…すみません。ぼくでもちょっと、とどかないですね…」

「そうですか…」

「みどりとか、あかおにさんなら…とどいたかもしれませんね」


しゅん、と肩を落とした深海先輩。可愛い…じゃなくて。結果はどうであれ、わたしの為に頑張ろうとしてくれて嬉しかった。お礼を述べようとした瞬間、先輩は急に思い立ったような顔になった。


「あっ」

「先輩?どうしました?」

「ひとりはだめでも、ふたりでちからをあわせれば、できるかもしれません」

「ふたりで、ですか?」

「はい。ちょっと、しつれいしますね」


ふっ、と深海先輩が視界から居なくなる。目で捜すよりも先に、わたしの足が宙に浮いた。

………浮いた?


「…え、えっ、えええええっ!!?」


なんと。あろうことか、わたしは深海先輩に抱っこされていた。ていうか、顔!近い!めっちゃ近い!!こんな整ったお顔をこんな至近距離で拝見とか無理!心臓もたないよ死んじゃう!!


「あかりは『かるい』ですね。さかさまにすると『いるか』…ふふ、かわいいですね」

「いやいや!し、深海先輩!だめです!降ろしてください!」

「あかり。どうですか?さっきより、たかくなったとおもいますよ」


そう言われて気付いた。確かに、椅子に乗ったときより天井が近い。緊張はなくならないけど深海先輩の気遣いは無駄にしたくない。いけるかも?と思って手を伸ばしてみたけど、やっぱり少し届かない。


「んー…もう少し、ですね…」

「これでもだめですか…いったん、おろしますね」


優しく、丁寧に一旦降ろされる。しかしほっとしたのも束の間。深海先輩は背中をこちらに向けてしゃがんだ。


「あの、今度は…?」

「『かたぐるま』です。これならいけます」

「………ええええええっ!!!??」

「だいじょうぶです。あぶなくないですよ。ぼくが、ちゃんとささえますから」


狼狽えるわたしとは正反対に深海先輩は何故かノリノリ。めっちゃ楽しそう。しかも不思議なことにどこからか断れない空気が出てる。なんか…もういいや。こうなったら、とことんお世話になっちゃおう。お世辞にも軽いって言ってくれたし、深海先輩意外と力持ちなのは知ってるし。


「し、失礼します…!」

「どうぞー」


若干の気まずさを感じながら両足を深海先輩の肩に乗せる。先輩はしっかりわたしの足首を掴んで、安全を確認してからゆっくり立ち上がる。今までとは比べ物にならない圧倒的な高さ。


「届いた…!」

「よかったです」


深海先輩に感謝しつつ電球の取り外しにかかる。…それにしても手元が全くぶれない。自分で脚立に乗って背伸びするより余程安定感がある。深海先輩のお陰なんだろうな。


「深海先輩。大丈夫ですか?疲れませんか?」

「へいきですよ。あかりこそ、きをつけてくださいね」


ううっ、深海先輩優しすぎ…!自分は二の次でわたしの心配をしてくれるなんて!手伝いを買って出てくれたのが深海先輩で本当によかった!

先輩の負担にならないように急ぎめに、でも落とさないよう慎重に電球を取り外す。あとは新しい電球を取り付けて完了だ。


「すみません深海先輩、古い電球パスしていいですか?」

「いいですよ。かしてください」

「はい。ありがとうございま……うひゃあああっ!!!?」


なにごとかと脳が理解するより先に奇声が出た。電球を手渡した直後。足、というより、ふとももをやんわり撫でられた感覚がした。誰が、なんて野暮なことは言わない。犯人はこの状況ではどう考えても深海先輩しかいない。


「すみません。『て』がすべりました」

「ぅえっ、て、手?」

「さ。ぼくのことはきにせず、つづけてください」

「あ、は、はい…」


いつものようにのんびりとした話し方…手が滑ったと言っていたから、わざとではない、と、思う。……そう、思っていたのだが。深海先輩は隙を見ては、ちょいちょいさわってくる。しかも上手い具合に電球を扱っていない、危なくないときを狙って。しかも…ふとももの、どちらかというと内側………ああっ、自分で考えるのも恥ずかしい!そしてさわられるたびに過剰に反応する自分が浅ましい!さくっと終わらせなくては!





「お、終わった…!!」

「おつかれさまです」


足に変な神経を使いつつ、なんとか交換完了。

つ、疲れた…たかが電球を取り替えるだけなのに、ものすごく疲れた……原因はわかってる。変な神経を沢山使ったからである。疲れきってるのを知ってか知らずか、相変わらず深海先輩はゆっくり、優しく下ろしてくれた。


「ぶじに『こうかん』できましたね」

「あ、はい。ありがとうございました」

「どういたしまして」


ちょっと、まあ、いろいろあったけど、深海先輩のおかげで無事に作業ができたのは事実だ。お礼を述べると、深海先輩はいつもの幸せそうな表情を浮かべていた。…くそう、かわいいな。悪戯されたことすら忘れそうになった。


「あかりは、きもちいいですね」

「……えっ?」

「つるつるすべすべで、ひんやりして。まるで、おさかなみたいです」


んー…これはもしかしなくても、ふともものことだよね。………おさかなみたいって、褒められているのか?ていうか深海先輩って人間に興味あるのか。と考えるのはさすがに失礼?


「でも、あかりのほうが、ぷにぷにして、やわらかくてきもちいいです」

「えっ」

「またいっしょに『でんきゅう』こうかんしましょう。ぼくは、いつでもおてつだいしますからね」


えへへと笑って、軽くスキップしながら上機嫌で帰っていった。先輩の姿が見えなくなった途端、ぶわっ、と一気に顔が火照る。なんなんだ今のは。もうやだ。三奇人こわい。深海先輩こわい。いや本当の意味で怖いわけじゃないけど。いやでも実際本当にこわい。深海先輩魔性すぎる。本当になんなんだ。あれはまるで、底無し沼みたいな。

やばいな……恐らくわたしはもう、既にこの沼に嵌まってる。気付いたところで、きっと二度と抜け出せない。



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