ゆうきをだして





「あかり!明日、一緒にお昼食べよう!」


それは、なんの脈絡もなく、明星くんからの唐突な提案だった。


「食堂の新作メニューが美味しいって評判なんだって。一回食べてみたいんだ!」

「いいけど…ふたりで?」

「ううん。俺と、あんずと、trickstarのみんな!で、あかり入れて6人!」


なるほど。わたしと、あんずちゃんと、trickstarのみんなね。……ということは、彼も来るのかな。


「で、どう?来られる?」

「大丈夫。必ず行くよ」

「やった!ありがとあかり!絶対来てね!」

「わかった。楽しみにしてるね」


明星くんのきらきらな笑顔が眩しい。後からプロデュース科に来たわたしにも同じように明るく接してくれる。彼と友達になれて嬉しい。

みんなとお昼なんて、はじめてだと思う。明日が楽しみ。楽しみだけど、ちょっと緊張する。わたしは、trickstarの一員でクラスメートの氷鷹北斗くんに、こっそりちゃっかり恋をしている。最初はぶっきらぼうで、なにを考えているか表情に出ないから解らない、ちょっと怖いひとだと思ってた。だけど彼は、わたしが悩んだり困ってるときはいつも最初に気付いて声を掛けてくれた。どんなことでも真剣に聞いて頷いてくれた。逆にわたしが彼の悩みを聞いて意見を述べたときに見せてくれた笑顔は、とても素敵だった。

そうして少しずつ交流していくうちに、氷鷹くんの人となりを知った。不器用だけど、とても真面目で真っ直ぐで、思いやりに溢れているひと。そんな氷鷹くんを、いつの間にか大好きになってた。

こっそり恋をしていたわたしに訪れた、はじめてお昼を一緒にするチャンス。別にふたりきりとかじゃなくても、いいの。大人数でも、一緒の空間に居るだけでいい。えっと、明日…か。取り敢えずお母さんにメールしとこう。「明日はクラスメートと食堂行く約束したからお弁当なくて大丈夫だよ」…と。家帰ってから改めて言うけど、取り敢えず、ね。…こんな自分に言い訳するなんて、どうやら我ながら明日が楽しみ過ぎるらしい。




そして翌日。朝からわくわくどきどきしすぎて授業の内容が全く入ってこない。辛うじてノートは取ってある程度。…やばいな、あとでちゃんと復習しよう。

なに食べようとか、なに話そうとか、うまいこと隣に座れないかなとかいろいろ考えているうちに、あっという間にお昼になった。うう、なんか緊張してきた。


「あかりちゃん」

「あんずちゃん。なあに?」

「ごめんね、みんなに伝えておいてほしいの。このあと佐賀美先生から呼び出されちゃってて。先に行っててくれるかな?」

「わかった。言っておくね」


終わったらすぐ行くから!と申し訳なさそうに出ていったあんずちゃんを、手を振ってお見送り。そういえば朝のうちから先生に声掛けられていたような。いつも忙しそうだ…


「みんなごめん。僕も放送委員の関係でちょっとだけ仁兎先輩のところ寄ってくね」

「じゃあ俺はサリーの迎えに行ってくるよ!」

「俺も友也のところに顔を出してから、すぐ行く」

「…じゃあ、わたしはテラスで待ってるね」


みんな足早に目的地へ向かう。わたしだけなんも用事ないとか笑える。暇人か。

先にテラスに行くんだから席を取って待っていようと思ったけど、ピーク時に6人分の席取ったらめっちゃ顰蹙買いそう。わたしだけならまだしも、あんずちゃんや氷鷹くんたちに迷惑が掛かるのは避けたい。おとなしくわかりやすい入り口付近で待っていよう。席は順繰りで空くだろうし、なんとかなるはずだ。

待ち始めて5分も経たないうちに、向こうの方できょろきょろ誰かを探しているかんじの人影をみつける。あれは…氷鷹くんだ。周りの迷惑にならないように、でも氷鷹くんにも気付いてもらえるように手を振る。祈り…というより地味な努力が通じたのか、氷鷹くんはわたしに気付いて小走りで来てくれた。


「すまないあかり、待たせたな」

「大丈夫。そんなに待ってないよ」

「…まだ、誰も来てないのか」

「うん。氷鷹くんが一番手」

「そうか。…ひとりで心細い思いをさせたな」

「大丈夫だよ。子供じゃないんだから」


口ではそう言ったけど誰かが居ると確かに心強い。それが氷鷹くんなら更に嬉しい。みんなが来るまでのほんの少しだけ、ふたりきりの時間を満喫しよう。

……と思っていたのだが。誰も来ない。遊木くん、衣更くん、あんずちゃん、言い出しっぺの明星くんの姿も見えない。迷子…なんてことはないと思う。みんな急に変な病気とかになって倒れたりしてないよね…?誰かに連絡を取ってみようかとスマホを取り出すと、タイミング良くメール受信のお知らせ。ディスプレイにはあんずちゃんの名前が表示されている。


「…あ」


あんずちゃんからのメールは「椚先生に急用を頼まれちゃって…お昼は一緒にできなくなっちゃった。本当にごめんね」と書かれていた。文面から申し訳なさそうな雰囲気がすごく伝わってくる。残念だけど仕事なら仕方がない。

あんずちゃんからの連絡を氷鷹くんに告げて、「気にしないで。また機会作ろう」と、絵文字をつけて努めて明るく返事をした。あんずちゃんが責任を感じてしまわないように。


「あんずは急用か…残念だな」

「うん。…あれ、氷鷹くん、携帯光ってる」

「む、本当だ。これは着信……いや、メールだ」


スマホを取り出してメールを確認する。突然、氷鷹くんの手が止まり、画面を見る目を僅かに大きくさせた。なにか、想定外の出来事かな…?


「氷鷹くん?」

「……あかり、すまん」

「ん?」

「明星と衣更はバスケ部の緊急ミーティング、遊木も放送委員の欠員埋めで来られないそうだ」

「…え」


と、いうことは…今日都合がいいのは、わたしと氷鷹くんのふたりということ?……まさかとは思うけど、みんな謀った!?いやでも落ち着け、これは全部起こり得る事態ではある。それはわかる。でも一度にこれらの出来事が全部発生する確率は、それこそ天文学的数値に近いんじゃないのか。

しかしまあ、こんな見事に嵌められるなんて………まさか、わたしの気持ちってそんな駄々漏れレベルだってことか?誰にも言ってないのに。まさか氷鷹くん本人も気付いてたりするのかな!?それは勘弁!どうしようやばいパニック起こしそう。いやもう既にパニックだなこれ。いや落ち着け。まだ彼らの策略かどうか確定したわけじゃない。状況からしてほぼクロだけど、確定してはいない!本当に、本当の本当に偶然かもしれない!というか偶然であってくれ!


「あかり」

「はっ、はいぃっ!」

「どうやら、今日都合がいいのは俺たちだけらしいな」

「あ、うん…そうみたい、だねっ」

「…あかり」

「み、みんな急用なら、仕方ないよね。わたしたちも、今日は解散しよっか!わたし、購買行くから、氷鷹くんはゆっくりここで食べてね!」


自分がなにを口走っているのかすらわからない。気まずさのあまりに購買に逃げようとした瞬間。手首を掴まれ、その場を離れることを阻止された。


「ひ、氷鷹くん?」

「……俺は」

「え…?」

「お前さえ、良ければ…一緒に昼食を、とりたい、と…思うんだが…」


視線を泳がせながら、そうわたしに提案してきた。随分…歯切れが悪い言い方。いつも、良くも悪くもストレートにものを言う氷鷹くんにしては珍しい。

そんな無理されても淋しいだけなのに……と一瞬ひねくれた意見を言いかけたけど、見間違いでなければ、わたしの腕を掴む氷鷹くんの手は少し震えている。更に耳もほんのり赤い。…もしかして、緊張しているだけ?わたしとふたりでも、苦痛じゃないのかな。


「じ、じゃあ…よろしく、お願いします…?」


自分でも謎の疑問形。氷鷹くんの緊張が移ったかな。でも百面相してた氷鷹くんも、わたしの返答を聞いてようやく笑ってくれた。


「あかり、なにがいい?お前ひとりぶんくらいなら奢ろう」

「あ、ううん!大丈夫!自分で出すよ!」

「俺がご馳走したいんだ。迷惑じゃなければ、そうさせてくれないか。…他の奴らには、内緒だがな」


挙動不審マックスだったわたしを引き留めて、更にはご馳走するとまで言い出した優しい氷鷹くん。…その彼の優しさに甘えまくって、もう少し我儘を伝えても許されるだろうか。


「じゃあ…氷鷹くんと、同じもの」

「そ、そうか。……蕎麦でいいか?」

「うん」


和食を選ぶところが氷鷹くんらしい。和食好きでよかった。

回りに生徒はわんさか居ると言えど、一緒のテーブルには好きなひととふたりきり。雑談しながら同じものを一緒に食べる。些細なことが無性に嬉しい。でも今日いちばん嬉しかったことは、氷鷹くんがわたしとふたりきりの状況を嫌がらずに受け入れてくれたことだ。この状況を作り出したのが偶然だろうと彼らの策略だろうと、もうなんでもいいや。だからどうか今だけは、氷鷹くんを独り占めさせて。



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