ロマンスは神出鬼没





「よう、あかりの嬢ちゃん」

「こんにちは。鬼龍先輩」

「一緒にいいか?」

「もちろんです」


悪いな、と言って向かいに座る鬼龍先輩。その手にある、いつもより一回り以上大きいお弁当箱に、おのずと期待してしまうわたしはゲンキンなやつだ。


「また作りすぎてしまったんですか?」

「ああ。妹の遠足が近くてな。練習のつもりが気合い入りすぎちまった。すまねえが、また貰ってくれるか?」

「喜んで!」


思っていたより声が出て、咄嗟に口を押さえた。でも先輩はそんなわたしを決して馬鹿にせず「嬢ちゃんは元気がいいな」なんて笑ってお弁当の包みを解いていく。見た目からは想像もつかないくらい本当に優しい。

わたしのテンションが上がりまくった要因である、鬼龍先輩の手作りおかずは絶品なのだ。なんというか手が込んでて、仕込みからちゃんとしているのが素人でもわかる。味付けも一工夫されてるようで、言葉にするのは難しいが本当に上手。美味しすぎて逆に美味しいとしか表現できない。ボキャブラリーが貧困になるのだ。


「では早速…いただきます!」

「好きなもん食べてくれ」

「唐揚げ、卵焼き、ハンバーグ…どれも人気のおかずですね」

「嫌いなものねえか?大丈夫か?」

「全然!好物ばかりです!」

「それならよかった。妹からのリクエストでよ、改めて作ってみたんだ」

「なるほど。気合いが入るのも解ります」


最近伺ったのだけど、鬼龍先輩のお宅は父子家庭とのこと。お母さまが亡くなってしまって、以来鬼龍先輩がお父さまに代わって小さい妹さんの面倒を率先して見てきたそう。

妹さんのお話をしてくれるときは、とても表情が優しい。言葉の節々からも、至るところから妹さんを大切にしているのがよくわかる。家庭の事情を話してもらえる程には、信頼してもらえているのかな。……って、こんなことを考えながらちゃっかり箸は進めるのだから、本当にわたし意地汚い。


「あかりの嬢ちゃんは、いつも美味そうに食ってくれるのな」

「本当に美味しいです!妹さんきっと、いえ、絶対喜んでくれます!」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。…な、ひとつ訊いていいか」

「なんなりと!」

「嬢ちゃんは、遠足にはどんな弁当持っていってたんだ?」

「わたしはサンドイッチ派でした」

「お気に入りの具は?」

「そうですね…王道のツナとか、ハムカツ、あとはポテサラもいいですね。でも、たまごが一番好きです」

「そうか。…実は妹も今回、メインはサンドイッチがいいって言っててな。そんな洒落たもんねだられたの初めてだから、ちと不安でな。…明日作ってくるから、よかったら試食してくれねえか?」

「わたしでいいなら、是非!」


たまごとツナとポテサラとハムカツだな、と爽やかな笑顔で言ってくれた。やった!明日も鬼龍先輩のごはんが食べられるなんて!サンドイッチ好きで良かった!

いやでも、こんなにしょっちゅうご馳走になってしまっていいものなのか。作るのも簡単じゃないだろうし、もらいすぎは良くないと思ってる。思っては、いるんだけど……だからってお返しにわたしがお弁当作るのはハードル高いし、なにより重い気がする。先輩が、他人の作ったものは食べられないタイプじゃないなんて確証ないし。それ以外で、重くなさそうなお返しをずっと考えてはいるんだけど、全く思いつかず今日に至る。情けない…と思うのも一瞬、先輩の美味しいおかずを食べているとこんな考えは何処かへ消え去ってしまう。


「こんなに美味しいと、つい食べ過ぎてしまいそうです…」

「はは。食べてくれんのは嬉しいが、腹壊すなよ?」

「消化器系は割と強いので、それは大丈夫なのですが…ただ、肥えるのが心配です」

「嬢ちゃんは細いくらいだと思うけどな」

「全っ然!ほんとに気を付けないとまずいんです。健康に良くないし、お洒落楽しめないし、なによりお嫁に行けなくなる……って、そもそも貰い手が居ないですけどね」

「なら話は早えな。俺でどうだ?」


唐揚げを喉に詰まらせ、盛大に噎せてしまった。今の返しは全く予想してなかった。

大丈夫か、と先輩はすぐ来てくれて背中を軽く叩いてくれる。こんなに優しくて素敵な先輩が、なんの取り柄もないわたしを貰ってくれるなんて、そんな虫が良すぎる話があるものか。これはきっとジョークだ。それか本当にわたしが生き遅れてどうしてもというときに、鬼龍先輩もフリーだったら…ということだろうか。

呼吸が落ち着いてきて、お礼を言おうと顔を上げたら、思いのほか近くに鬼龍先輩の顔があった。わたしよりも、その綺麗な顔が少し背くほうが早かった。しかも髪の色と同じように、先輩の顔も赤い。これは…まさかそんな。照れて、る?


「……そういうわけだ。ま、程々に考えておいてくれねえかな」


どうやら、ジョークでも哀れみでもなんでもなく、本当にそういう意味らしい。鬼龍先輩が面白半分でそんなこと言うとも思ってないけど。でも、幾らなんでもわたしって!先輩のスペックならもう少し他に選択肢あるはずですよ。

…でも、もし、それでも鬼龍先輩が本当にわたしでいいって言ってくれるなら、こんなに嬉しいことはない。わたしとしては考えるまでもないこと。

取り敢えずハードルは高いけど、まずは料理の勉強は本格的に始めようと思います。


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