四六時中傍にいて
あかり、別れよう。もう、あかりのこと好きじゃないんだ。
だって俺は――………
「…!!」
急に息苦しく感じて目が覚めた。
ぼやけていた意識と視界が徐々にはっきりしてくる。浮かんできたのは見慣れた天井。まだあたたかさが残る自分の身体。半分ほど掛かった布団。今まで寝ていたんだと思い出す。そうか、今のは…
「………夢、か…」
まだ整理しきれない頭で導き出された結論に心底安堵した。夢で本当に、本当の本当によかった。それにしてもリアルだった。近年見た夢の中でも最低最悪。それはもう悪夢中の悪夢だろう。
「…凛月くん」
隣ですやすや眠る、大好きなひとの名前を呟いた。とりわけなーんの取り柄もない、こんなわたしに心を開いて、恋仲になってくれて、今こうして無防備で可愛い寝顔を見せてくれている。
起こさないよう、そっと凛月くんのさらさらの髪にふれる。さっきのは夢だと、頭では解っている。凛月くんを信じていないわけでもない。だけど。…もし、いつか本当に、あんなことが起こってしまったら、わたしは………
「……あかり?」
「あ…ごめん。起こしちゃったね」
「大丈夫。それより」
凛月くんの睡眠を邪魔してしまったのに全く不機嫌じゃない。それだけでも随分珍しいのに、ゆっくり身体を起こして、わたしと目を合わせてくれる。薄暗い室内では、凛月くんの赤い瞳がよく映える。いつも思うけど、とても綺麗。
「なんて顔、してるの」
「え?」
「泣きそうな顔してる。怖い夢でも見た?」
わたしを気遣うように、優しく声を掛けてくれる。寧ろ凛月くんのその声で泣きそうになりながら、こくん、と頷いた。
「そんなに怖かった?どんな夢?」
「…凛月くんに振られる夢」
今のわたしにとっては死ぬほど怖い夢だった。凛月くんに振られるくらいなら、いっそ死んだ方がマシだ。冗談半分などではない。
「あくまで夢だけど、言われたの。別れよう。あかりのことは好きじゃない、あんずが好きなんだ、って…」
夢の中の凛月くんは、確かにそう言ったのだ。わたしじゃなくて、わたしの大切な友達を好きだと。思い出しただけで泣きそう。
「幾ら夢だからって、俺にそんなこと言わせないでよ。それともあかりは俺を疑ってるの?」
「そんなんじゃないよ。でも…わたしが、凛月くんはあんずちゃんのことが好きなのかなって、思い込んでた時期はあった」
「なにそれ、初耳」
「言ってないもん」
想いを伝える勇気などなかったくせに一人で勝手に思い込んで、凛月くんと向き合うことから逃げて、挙げ句大切な友達に嫉妬して。わたしの黒歴史だ、そりゃ秘密にしたかったよ。
「…ま、それだけあかりは俺を好きでいてくれてたってことなら、悪い気はしない」
「うん。好き。衣更くんから役目奪い取っちゃうくらい」
「ふふ。俺に構う物好きなんて、兄者か、まーくんくらいだと思ってたのに」
「凛月くんと一緒に居られるなら、喜んで物好きになる」
「…あかり」
「ん?」
「好き。大好き。あかりが俺を嫌いになったって、離してなんかあげない」
ぎゅうぎゅう、力いっぱい抱き締められる。現実の凛月くんは、こんなにもわたしを想ってくれている。嬉しい気持ちがひろがって、さっきまでの不安が跡形もなく消えていった。
「凛月くん、ありがとう。わたしも大好き」
「知ってる。…もう大丈夫?」
「うん!」
「なら良かった。さ、仕切り直してもう一回寝よ」
「いやでも結構いい時間だよ?」
「俺はまだ寝る時間なの。知ってるでしょ」
「はいはい」
半ば強制的に布団に引き摺り込まれる。わたしの最近の休日の生活リズムは凛月くんに合わせて完全に昼夜逆転。最初は辛かったけど今は幾分慣れてきた。
真っ昼間から布団の中。普通の高校生みたいに昼間に出歩けなくても、凛月くんと一緒に居ることには変わらない。なにをするにしても、凛月くんと一緒ということが、わたしにとってはいちばん大事。
「あかり。おいで」
「うん」
「俺は騎士だからねぇ。悪い夢から守ってあげる」
「ふふ、ありがとう」
「だから、次に起きたときは、ちゃんと笑って迎えて」
優しく抱き締めてくれて、頭を撫でてくれる。子供を寝かし付けるみたいに、背中を一定のリズムで優しく叩かれる。更に凛月くんの体温がダイレクトに伝わってくる。あったかくて気持ちいい。こんなふうに凛月くんに包まれていると、本当に悪夢から守ってもらえるような気がする。今度はきっと夢の中でも優しい凛月くんに逢える。
次に目が覚めたら、ちゃんと笑って「おはよう」って言おう。今度はわたしが、凛月くんを笑顔で迎えてあげたい。
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