ふたりで変える「当たり前」





「ごちそうさまでした。きょうもおいしかったです」

「いいえ。とんでもない。…あ、食器!」

「ちづるのぶんも、いっしょにもっていっちゃいます。いっしょに『おかたづけ』するんですから」

「ふふ、今日も一緒にやってくれるのね。ありがと」


いつもみたいに夕飯を一緒に済ませて、一緒に片付けをする。食器も、いつもちゃんと流し台まで持っていってくれる。今日はわたしの分まで持ってっちゃったけど。実家でもやっていたのかはわからないけど、少なくともここでの奏汰は、こういうことの手伝いは一度も嫌がらない。寧ろなんでも率先してやろうとしてくれる。…甘えてばかりもよくないって思うけど、奏汰の気持ちが嬉しくて、いつも一緒にやっちゃうんだよな。

そして『奏汰』と呼び捨てにするようになってから、少しずつ日常会話でも敬語が取れてきた。今ではかなりフランクに話してしまっている。馴れ馴れしいと思われないか不安だったけど、奏汰は全くと言っていいほど気にしていないみたい。奏汰は相変わらず丁寧な話し方だけど、これが奏汰の通常運転だ。でも奏汰からも呼び捨てで呼ばれているだけ、かなりの進歩なんだろうね。


「ちづる。すこし、いいですか」

「はーい」


作業が一通り終わって、一息つこうというとき。突然奏汰は話を切り出してきた。割と真面目な顔で「いっておかなければいけないことがあります」と言う。…なんだろう。


「どうしたの?」

「えっと…しばらく『るす』にします」


おうちに帰るのかと最初は思ったけど、もしそうなら留守という表現は違うよな。単刀直入にどういうことかと話を聞くと、一週間程、流星隊で泊まり込みのお仕事が入ったそうで。そういうことかと理解した。


「海辺でのお仕事かあ。奏汰、海好きだから、もってこいじゃん」

「うみをみながらの『すてーじ』は、とてもたのしみです」

「ね。いい思い出にできるといいね。楽しんでおいでよ」

「でも…そのあいだ、あるばいとのおむかえにいけなくなります。ごめんなさい」

「ううん。お仕事だもん、気にしないでよ。……とにかく、体調に気を付けて。あとは怪我しないで。なにごともなく無事に帰ってきてくれたら、わたしはそれで充分。わたしからは、それだけ」

「…はい。ありがとうございます」


奏汰は安心したような、ほっとしたような顔で笑った。ここのところ流星隊のお仕事が順調みたいで、奏汰自身も楽しそう。そんな奏汰を見るたびに、わたしも嬉しくなる。だからわたしのことは気にしないで、のびのびと流星隊の活動に励んでほしい。




















「すみません。今日もまかないお願いしてもいいですか」

「はいよー。できたら持っていくね」


奏汰がいない間は、バイト先でまかないを食べて帰ることにしている。飲食店でのバイトって、こういうとこが便利ね。限度はあるけれど食いっぱぐれることはまずない。

ひとりで過ごしていると、バイトの後に家に帰って、ひとりぶんのごはんを作ることが、どうしようもないくらいにかったるく感じてしまった。奏汰とわたしの分なら作る意味はある。寧ろ率先して作ってあげたいって思う。でも自分の為だけに料理する気には到底なれなかった。

それに今日も、ひとりで帰るんだよな。別に今更夜道が怖いとかは、ないんだけど……奏汰がいないとこんなにつまらないんだなあ。ちょっと前までは、こんなこと想像できなかったな。奏汰が来るまで、わたしはどうやって生活していたのか思い出せない。慣れって恐ろしい。


「はい。お待たせ」

「ありがとう!」

「今日は特別にお姉さまが腕をふるったよ、感謝してお食べ」

「うん!いつもありがとう、お姉さま」

「うむ、苦しゅうない」


今日のまかないは、尊敬している大学生のお姉さんが持ってきてくれた。出来立てを象徴するかのような、ほかほかの湯気がたくさん出ている。見た目からして美味しそう。食べても美味しいって知ってるけどね。


「いただきます!」

「はーい、どうぞ。なんだか久しぶりだよね。ちづるちゃんがまかない食べて帰ってるの」

「うん。自炊は少し休憩」


奏汰が来てからは、一応ちゃんと作ってたからな。だから奏汰がいないと作る意味がないって本気で思ってしまう。奏汰が食べてくれるから、毎日料理することは全く苦じゃなかった。


「どうよ?お姉さまの自信作」

「めちゃくちゃ好みの味。神」

「ちづるちゃん、ちょっと濃いめの味好きだよね」

「うん。覚えてくれてありがと」


流星隊のお仕事が忙しいのは喜ばしい。だけど…早く、帰ってこないかなあ。奏汰がいないうちに魚料理のレパートリーを増やそうとか、今作れるものをもっと練習しようとか、奏汰を見送ったあとはそんなことをちゃんと考えていられた。だけどそんな意気込みは初日の時点でぽっきり折れた。結局、なにをしようと、ひとりに変わりはないから。

今日は帰ったら、どうしよう。取り敢えず勉強…は、しないとね。でもテレビ観たりとかする気ないんだよな。…お風呂入って寝るか。そんなことを考えていると、突然「ちづるちゃん」と綺麗な声で呼ばれた。


「ん、なあに?」

「なーんか浮かない顔してる。どうしたの」

「え、嘘。無自覚…」

「ほらほら、しけた顔しないの。なんでもお姉さまに言いなさいな」


頭をわしゃわしゃと思い切り撫でられた。反抗も反論もする余地を与えてくれそうにないくらいの強引さ。…でもこれ、きっと気遣ってくれてるんだよな。お姉さんは、なんでもお見通しらしい。…詳細は少し伏せながら相談してみようかな。


「えっと…本当に大したことないんだけど。学校でいちばん仲のいい友だちが、一週間ほど旅行に行ってて、連絡全然取ってなくて…」

「……つまり淋しい、と?」

「かいつまんで言うと、そんなところ」

「そんなこと?そんなの連絡してみたらいいのに」

「みんなで楽しんでるのに、わたしとのやり取りに時間取らせるわけにはいかないもん。…それに、重いかもじゃん」

「彼女か」

「寧ろ向こうが彼女みたいな」

「なにそれ」


お姉さんは不思議そうな顔をしたが実際そうだ。なかなか腕力はあるけれど、それでも圧倒的に奏汰の方が綺麗だ。だから例えるならば彼女と言ったほうが適切だと思う。それに話の内容からして、相手を女の子と思うだろうし。


「でも、もしかしたら向こうも、ちづるちゃんが恋しくなってるかもよ」

「まさかそんな。だって今旅行中だよ」

「旅行中だって、まったく考えないわけじゃないよ。特にお土産選んでるときなんか、相手のことしか考えないわけだし」

「ふむ…なるほど…」


なるほど、と言ってはみたが、果たしてそういうものなのか。それに実際旅行でもないのだけど。…でも、もしかしたらちょっとだけ、奏汰もわたしのことを考えてくれてるかなって思ってしまった。もしそうだとしたら、嬉しい。


「お互いに遠慮してる可能性あるよ。淋しいって思ったり、そんな顔するくらい仲いいんでしょう?」

「…うん。そうだね。帰ったら、だめもとで連絡してみる」

「それがいいよ。……うん、すっきりした顔してる、ちづるちゃん」

「ほんと?」

「ほんと。ちづるちゃんって割とわかりやすくて、可愛いよね」


ひとしきり頭を撫でられたあと「だから狙われるのよ」と小声で耳打ちされる。誰のことを言っているのかは、なんとなく想像がついた。あのこと、お姉さんも知ってたのか。隠してたわけでもないんだけど、知られていたのはなんか気恥ずかしい。でも「お姉さまはいつでもちづるちゃんの味方だからね」と言ってくれたから、本当に困ったときには相談させてもらおう。










家に帰ってきて、まずはお風呂を済ませた。それから勉強を先にしようかと思ったけれど、このままじゃ集中できないことはわかりきっていた。思い立ったがなんとか、ここは先に奏汰と連絡を取ることにしよう。

スマホの電話帳を起動させて奏汰のところのページを開く。しかし、ここにきて本当に連絡してもいいものかと葛藤が生まれる。電話してもいいのか、それともメッセージをいれておくべきか。…いや、わたしは今連絡とりたいんだ。それにメッセージを入れたところで返事がすぐに来るとは限らない。そんなのは電話も一緒なんだけどさ。……いやいや、いつまで悩むつもりなんだ。こんなことしてたらいつまで経っても埒が明かない。もうどうにでもなれ。えいっ!と、発信のアイコンをさわった。

…………呼出音が長い。忙しくて疲れて寝ちゃったか、皆さんで楽しくやっているか。もういい時間だから前者かなあ。いや、だからこそ後者の可能性だってある。どちらにせよ、わたしが入り込む余地は、なかったんだ。…あれ、もしかしてわたし、ちょっと落ち込んでる?そんなまさか。とにかくこのまま待っていても仕方ない。耳から電話を離して終話をタップしようとした瞬間。呼出音が途切れた。


「おまたせしました〜」


待ち望んだ奏汰の声が聞こえてきて慌ててスマホを耳に当てた。やばい、いざ出られると、めちゃくちゃテンパる。急に手汗かいてきた。やばい。


「あ、…その、奏汰っ、き、急に、ごめんね。疲れてたよね。寝てた?」

「いいえ、だいじょうぶですよ。ぼくこそ、すぐにでられなくてごめんなさい」

「全然!いきなり電話したわたしが悪いんだし。奏汰は謝らないで」

「ちづるだって、なにもわるいことしてないでしょう。ぼくは『でんわ』もらえて、とってもうれしいですよ」


一週間ぶりの奏汰の声。前までは一週間はおろか一ヶ月逢わないことなど普通だったのに。今、声を聞けただけで、何故か泣きそうになった。いや、だめだ。せっかく奏汰が時間を割いてくれているのだから。なにか話さなきゃ。


「お仕事、どう?順調?」

「はい。おおむね、じゅんちょうです」

「そう。よかった」

「それに『けが』も、していませんよ。『ぴんぴん』してます」


わたしが言ったことを、覚えていた。奏汰が無事であること、わたしが言ったことをちゃんと覚えていてくれたこと。どっちも嬉しくて嬉しくて仕方がない。


「あしたが『さいしゅうび』です。あしたには、かえりますね」

「う、うん!わかった!」

「ちづる。ひとつだけ『わがまま』をいってもいいですか」

「なあに?」

「かえったら、ちづるのごはんがたべたいです」

「リクエストは?」

「おさかなさんで」

「あはは。わかった」


一週間空いてもぶれない返答に思わず笑ってしまった。なんとなく予想はできてたけど、やっぱり魚料理がいいのね。こういうことになるなら練習しておけばよかったかな。今更だね、ほんと。


「ごはん作って待ってるから。じゃあ、明日ね。あと一日がんばって」

「はい。おやすみなさい、ちづる」


電話を切って、スマホを見つめる。たまたま起きていただけかもしれないけれど…奏汰、ちゃんと気付いて、ちゃんと出てくれた。短時間の会話だし、至極どうでもいい内容しか話していない気もするけれど、それでも面倒くさがらずに話してくれた。それだけで、こんなに嬉しいなんて。なんか今日は徹夜で勉強がんばれそう。そんな錯覚に陥るくらいには浮かれている。

勉強は程々にがんばって、明日に疲れを残さないようにしなきゃ。バイトは明日も朝からあるけれど夕方で終わる。奏汰が喜びそうなものを作って待っててあげたい。そして「おかえりなさい」って、精一杯ねぎらってあげたい。それが、わたしにできること。わたしにしかできないことだと思うから。




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