永遠にかがやく思い出を




「なんか、機嫌いい?」


なんとなくだけど、今日の奏汰を見てそう思った。帰ってきてから、やたらと鼻唄を歌っている。顔も随分にやけてる…といったら聞こえは悪いかもだけど、実際そう見える。


「わかりますか?」

「うん。めっちゃわかる」

「ふふ。はなし、きいてくれます?」

「もちろん。なんでも話して」


奏汰の話によると、朔間さんからの依頼で流星隊は明後日から海の家で臨時のアルバイトをすることになったらしい。またみんなで海に行けるのが嬉しいとのことで、ご機嫌な理由がよくわかった。


「うみをながめながらおしごとなんて、すてきですよね」

「そうだね。でも海の家かあ……奏汰、明日まで休みだよね。バイト帰りに、ビーサン買いに行く?」

「いいですね。いっしょにいきましょう」

「おっけー」


砂浜は意外と危険なものがあるっていうし、ましてや熱いだろうし。ビーサンがあった方がいいに決まってる。そうだ、わたしもついでにサンダル見ようかな。可愛いものがあればいいんだけど…………ていうか。


「ね、奏汰」

「はーい」

「わたしも、手伝いに行こうか?」


そういえば明後日はわたしも休みだ。呑気に話を聞いてるだけじゃなくて、もっと早くからこういう気遣いをしてあげればよかった。


「せっかくのおやすみなのに、いいんですか…?」

「うん。わたしでよければ」

「ほんとうですか?じゃあ、ちあきにかくにんしてみますね」

「わたしも一応、千秋さんの番号知ってるけど…どっちが連絡する?」

「じゃあ、ふたりでしましょう」

「新しいな!でも、どうやって?」


奏汰が提案した方法は、なんてことなかった。ハンズフリーでスピーカーの音量を大きくして三人で会話することだった。

わたしも手伝おうかという提案に千秋さんは好感触。ただ勝手に判断できないから「依頼主の朔間に一度確認する」とのことだった。うん、正しい判断だ。それに今は夜だから朔間さん起きてるはず。そしてこの読みは当たったようで、5分もしないうちに千秋さんから折り返しの電話があった。わたしさえ良ければ是非来てほしいと、改めて言われた。


「それにしても、ちづるさんは朔間とも顔見知りだったんだな」

「はい。千秋さんと同じくらいの時期に、やっぱり奏汰経由で」

「はは。そうだったか。…じゃあ、集合時刻と場所は先程知らせた通りだ。宜しくな、ちづるさん」

「こちらこそ。宜しくお願い致します」


電話を切って、なんとなく奏汰の方を向く。すると奏汰もちょうど同じことをしていたようで、ぱちりと目が合う。良すぎるタイミングに、ふたりで笑った。


「たのしみですね。ちづる」

「だね!」


明後日が楽しみ。海に行けるのもいいけど、まあ…奏汰と一緒っていうのが、いちばんの理由なんだけどね。一緒にいられるなら、なんでもいい。それが仕事の延長線上にあろうと、無償奉仕だろうと。





そして、約束の日はあっという間にやってきた。奏汰と一緒に千秋さんと合流して、三人で今日の現場である海の家に向かう。三人でこうして歩くのは久しぶりだ。あのときはわたしのお迎えに、ふたりで来てくれたんだっけ。それで一緒に中華を食べたんだ。…楽しかったな。外食と千秋さんのおかげで、奏汰のいろんな一面を見られて。ふたりのやり取りを見ながら、終始笑ってた気がする。

思い出に浸るのもいいけど、それよりやるべきことが今日のわたしにはある。腑抜けたところは見せられない。現地について、まずは流星隊の子どもたちとプロデューサーのあんずさんとご対面。少し遅れて双子の2winkさんと顔合わせをした。みんな素直そうで、とてもいい子といった感じだ。朔間さんと千秋さんの計らいで、わたしは奏汰の友だちってことになった。同居人じゃインパクト強すぎるもんね。


「ご無沙汰してます。朔間さん」

「久しぶりじゃのう、ちづるちゃん。今日はわざわざ来てくれてありがとう」

「とんでもない。ちょうど暇だったので」

「千秋くんたちから、接客業のプロと聞いておる。我輩の愛し子たちと、流星隊と、嬢ちゃんを頼むぞ」

「プロって程じゃありませんが…経験が少しでもお役に立てれば幸いです」


ああ、よかった。朔間さんも元気そうだ。今は午前中だから気だるそうだけど…そういう意味ではない。朔間さんも、ちゃんと前を向いていらっしゃる。

朔間さんと千秋さんから簡単にお仕事の説明を受けて、緩めのシャツとショートパンツに着替える。髪を簡単に括って、奏汰と一緒にちゃっかり色違いで買ったビーチサンダルに履き替えて、準備は完璧。奏汰から「せっかくですから、いろちがいにしましょう」なんて言われたときは本当にいいのかと心配になった。でもビーチに、海の家に遊びに来るひとは従業員の足元なんか気にしないよねと自分に言い聞かせて購入を決意した。ま、ぶっちゃけ気付かれてもいいんだけど。ビーサンなんて似たり寄ったりだし、幾らでも誤魔化せる。いいんだ、わたしたちだけがわかっていれば。

さ、ここからはお手伝いといえど、切り替えてお仕事モード。ぱちん、と軽く両頬を叩いて気合いを入れる。お手伝いというか、助っ人枠だ。がんばらなきゃ。












「ありがとうございました。行ってらっしゃいませ」


お会計が済んだお客さまのお見送りをして、カウンター付近に戻る。わたしは主にフロアとレジ担当。普段のバイトと場所が違うだけで、作業内容はさして変わらない。…お役に立てているといいんだけど。

一応、同じフロア担当の鉄虎くんとあんずさんには困ったら拗れる前にすぐ呼んでと伝えてあるし、実際呼ばれる。その前に困っていると思ったら、こちらからすぐ駆けつけるようにしている。だから、こちら側でのトラブルは今のところ無い、極めて順調。…………と思っていたのに。なんか厨房が騒がしい。話を盗み聞きすると、奏汰があったかい食べ物を全部冷製にしかけているという、とんでも情報が入ってきた。いや、暑いし冷やしラーメンもアリだとは思う。だけどこれは個人的な意見だし、なによりお客さんが納得するかは別問題。このままじゃ厨房がカオスなままだ。今こそ助っ人の出動のときだ。


「千秋さん、奏汰、代わって」


厨房に乗り込み、半ば強引に千秋さんと奏汰の間に割って入る。届いてるオーダーの数に、思わず顔をしかめてしまった。どれだけここで詰まってたかがありありとわかる。要はこれ、まんま滞ってる分だもんね。


「ここ、区切りつくまでわたしがやるから。奏汰と千秋さんはフォロー入って」


オーダーが滞っていようがなんだろうが怯んでる場合じゃない。腕の見せどころ、なんて大層なものじゃないけれど。一応飲食店でバイトしている身としては、これくらい乗り越えてみせなければ。…さて、取り敢えずどれから片付けるべきか。オーダーをもう一度確認していると、つんつん、と軽く腕をつつかれた。


「ちづる、ちづる。ぼく、なにすればいいですか?」

「うーん、そうだなー……じゃあ、お野菜と麺とポテトの補充お願いしていい?とにかく沢山、ここに入る限り持ってきちゃって大丈夫だから」

「はあい」

「それが終わったら、次は調味料のストック見てくれると嬉しい」

「ちづるのためなら、よろこんで」


わたしの指示に素直に従って、奏汰は鼻唄を歌いながら資材を取りに行った。そう、奏汰だってやればできる子なんだ。ときどき暴走することもあるけど、それでもわたしのお手伝いは、決して嫌がらない。


「奏汰を使いこなすとは、さすがちづるさん……」

「使いこなすなんて、そんな。家ではよくお手伝いしてくれますよ。その延長線じゃないかな」

「そうか…お手伝い、か」


短い言葉に、千秋さんの思いやりを見た。優しい表情で、奏汰のことを案じてくれてるのがすぐにわかった。このひとは本当に、どこまでも優しい。


「そうだ、俺はどこを手伝えばいい?」

「じゃあ…そうだな、揚げ物お願いしようかな。いちばんオーダーが多いポテトから頼めますか?」

「わかった!」

「冷凍ですから、一度に同じ場所に入れると油の温度が下がって恐らくエラー起こします。なので2分以上時間差をおくよう心がけてください」

「よし、心得た!」


奏汰と千秋さんにそれぞれ役割を与えて、なんとか回せる形になった。わたしの負担がばかでかいけれど、経験者なんだから背負って然るべき負担だ。じゃないと、なんの為に来たのかわからないもんね。

修羅場に気付いてくれたのかは不明だけれど、途中で呼び込みが終わったらしいひなたくんが来てくれた。手慣れた様子で焼きそばを作ってくれたから、そのままお願いすることにした。話を伺うと彼も中華料理店でバイトしているらしく、とても手際がいい。おかげで厨房は少し安定してきそう。


「ちづる。おまたせしました。『おしょうゆ』と『しお』、『こしょう』がへっていたので、もってきましたよ〜」

「ちょうどいいタイミング!ありがとう奏汰!」

「いえいえ。つぎは、なにをすればいいですか?」

「それじゃあ、ドリンク担当してもらおうかな。お冷とか、ビールやソフトドリンク。あったかい飲み物ないから、奏汰に適任だと思う」

「はあい。がんばりますね」

「あ、奏汰。困ったことがあったら、いつでも呼んで」

「わかりました。ちづるは『すーぱーまん』ですからね」


奏汰はたいそうご機嫌な様子でドリンクのコーナーに向かった。…スーパーマン、か。そんなことないのに。奏汰はわたしのこと、そんな前向きに解釈してくれてるのかな。


「…本当に奏汰の扱いが上手いな」

「いえいえ。適材適所とやらですよ」

「よくわかっていなければ適材適所なんて不可能だろう」

「そう…かな」


そう言われればそうだ。奏汰が苦手なこと、得意そうなことを知っているからこそ冷たい飲み物を担当にして任せることにした。ドリンクなら任せられると思った。…そうだな、少なからず一緒に暮らし始める前とは比べものにならないくらい、奏汰のことを知った。これは確かに自信をもって言えるね。

考え事をしながらも手はちゃんと動かす。取り敢えず炒飯とカレーはできた。同時進行で一気にやったお陰で、かなりオーダーを消化できたんじゃないかな。


「あんずさん。炒飯できました。順繰りに運んでもらっていいかな」

「あ、はい!わかりました!」

「無理しないで。運べる範囲でいいからね」

「姉御!俺も手伝うっスよ!」

「ちょっと待った。鉄虎くんは、こっち。一度に運ばなくていいから確実にね」

「う、うっス!」

「…さて、と。悪いけど休む暇は与えません。今までの遅れ、きっちり取り戻すよ」


全員で協力して、さっきまでのカオスっぷりが嘘のような回転率になった。たまにわたしもフロアに出なければならなくなるくらいの大盛況。有難いことに大忙し。…少しは、わたしも役に立てているだろうか。そうなっていたら嬉しい。

そうして怒濤の時間が過ぎ去っていった。お客さんの出入りが落ち着いてきたところで、先に下級生から順番に休憩に入れていく。そしていちばん最後に、わたしと奏汰が休む番になった。バックルームに戻って、ふたりして同時に椅子にへたりこんだ。


「うあーっ、疲れたー…!」

「れっすんいがいで、こんなにくたくたになるなんて…」

「うん。奏汰、がんばってた」

「…もっとほめてください」


あら珍しい。参ったようすで甘えてくるなんて。まあ、たまにはいいか。奏汰、本当にがんばってたし。ちょっと調子に乗って頭を撫でてみたら、奏汰は随分嬉しそうにした。


「ごはん食べようか。うちらは、なんでも好きなもの食べていいって。なにがいい?」

「…ちづるがつくってくれるなら、なんでも」

「いつもと代わり映えしなくなるよ?」

「いいです。そのかわり『めにゅう』にないものがたべたいです。『ぎょうむよう』は、いやです」

「それこそ普段と変わりないよ?」

「それがいいんです」


それがいいって…せっかく海の家来たのに、なんか勿体ない気がする。でも奏汰がそれを望むなら、わたしに拒否権なんてない。

取り敢えずキッチンに向かって、なにができるか考える。どうしようかな。どうせならここでしか出来ないものにしたいけど…うーん。メニューと睨めっこしていると、ひとつの閃きが降りてきた。わたし天才か。なんて自画自賛してる場合じゃない。そうと決まれば、早速始めよう。


材料は全部揃ってあるから、さくっと完成。我ながら悪くない出来だ。奏汰を呼んで「せっかくだから、海見ながら食べようよ」と声をかけた。今はお客さんが捌けている、わたしたちがここでごはんを食べても問題ないだろう。


「これは、なんですか?」

「そばめし。魚料理じゃなくてごめんね」

「いいえ。やくそくどおり『めにゅう』にないものを、ありがとうございます」


奏汰の好きな魚じゃないのに。わたしが用意したってだけで受け入れてくれる気がしてしまう。思い上がり甚だしいかな。


「さ、たべましょう」

「うん。……あれ、奏汰。あっちで、みんな集まってるよ?」

「はい。らいぶをする『けんり』をかけて『びーちふらっぐ』したり、おきゃくさんといっしょに『すいかわり』するみたいですよ」

「…行かなくていいの?」

「あっちは『あつい』ので、みんなにまかせます。それにいまは、ちづると『きゅうけいちゅう』ですから」

「……ありがと」


わたしたちは休憩中とはいえ、他のみんなが向こうでイベントしている。本当ならば奏汰も行くべきなんだろう。それなのに奏汰がわたしを取ってくれたのが嬉しい。…わたしも、優しくないなあ。


「……あららー、まけちゃったようですね」

「…じゃあ流星隊は、今日のライブはお預け?」

「そのようです。まあ、これがきょうのぼくたちの『うんめい』のようです」

「そっか。残念だね…」

「そうでもないですよ。ぼくは、ちづるといっしょにおしごとできますから」


奏汰の仕事って、なんだろう。…そう、頭ではわかってるはずなのに。一緒にお仕事できるのが嬉しいと思うわたしは、やっぱり薄情なのだろう。




そしてスイカ割りを楽しんだあと、2winkがライブを全力で披露しているあいだ、必然的に流星隊全員はわたしと海の家を回すことになった。あんずさんは立場上ライブの方の手伝いに行かざるを得なかったけれど、みんなで協力しながらお店を回した。それに途中からは復活した朔間さんも手伝ってくれた。

ライブも海の家もどっちも大盛況で、落ち着いたのは夕方だった。みんなとは途中まで帰って、学校に最寄りの駅で解散。既に薄暗くなっている道を、わたしは奏汰と並んで歩く。なんか、奏汰とふたりで歩くことに慣れてきた気がする。殆ど毎日、一緒に歩いてるもんね。


「ちづる。きょうは『おてつだい』にきてくれて、ありがとうございます」

「いいえ。役に立てたならよかった」

「きょう、ちづるといっしょにおしごとできて、たのしかったです」

「わたしも。楽しかった」


途中あまりのカオスっぷりに、はらはらしたりやきもきしたこともあったけど。それも含めていい思い出。今日はとにかく全部ひっくるめて楽しかった。いつものバイト先では絶対に体験できない、貴重で眩しい素敵な思い出になった。


「それと、もうひとつ、いいたいことがあります」

「なんでも言って」

「ちづる、ぴんくの『びーちさんだる』、とってもにあってましたよ」


…ちゃんと見ててくれたんだ。一緒に選んだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。でも今日のわたしたちのビーサンが色違いってことは、わたしたちしか知らないこと。だからかな、見ててくれたことが余計に嬉しい。


「奏汰も、やっぱり青が似合ってたね」

「ちづるがえらんでくれたからですよ」

「ピンクだって奏汰が選んでくれたじゃない」

「ちづるに、いちばんにあうとおもったからですよ」

「わたしもそう思って、青を勧めたんだよ」

「ふふ。だいじにしますね」

「わたしも。大事にする」


言葉にはしなかったけど、もうひとつ大事にしたいものがあるんだ。ビーサンだけじゃない、こうして過ごす奏汰との日々を。一分一秒、一緒にいる今を。きっと何年経っても、この先どんなことがあっても。奏汰と過ごしている時間は、色褪せない思い出になる。




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