光が強いほど影は濃くなる






「ちづる。おりいって『おねがい』があります」


突然、可愛らしい言い方と表情で、そんなことを言ってきた奏汰。あ、これは機嫌がいいなとすぐわかった。こういう、わかりやすくて現金な可愛らしさは素直にいいと思う。回りくどいことされるより好感もてる。ただし奏汰に限る。


「はいはーい。なあに?」

「ぼくたち、この『おまつり』に、でることになりました」

「出るっていうと…ステージで歌って踊ってアイドルするってこと?」

「はい」

「やったじゃん!よかったね!」


奏汰が見せてくれたチラシに目をやる。『流星祭』ねえ…流星隊の為につけられたような名前だ。偶然なのか狙ったのかは運営さんにしかわからないけど、なるほど、流星隊にはうってつけのお仕事だ。

流星隊に入ってからの奏汰は、幾らか人間らしくなったと思う。特に今年から一年生が加入してからは、ずっと楽しそうに活動している。「ちあきがうれしそうで、ぼくもうれしいんです」と言うけれど、奏汰自身も絶対に嬉しくて楽しいんだと思う。流星隊としてのお仕事が入るたびに、こうして嬉しそうに報告してくれる。それがわたしにとっても嬉しいことだって、奏汰は知ってるのかな。…知らないだろうな。知らなくていいや。奏汰が感づいていたら恥ずかしすぎる。


「それで、ほんだいの『おねがい』なのですが」

「はいはい」

「ちづるに、きてほしいです」

「…それは、ステージを見に、ってこと?」

「はい」


チラシの日付を確認して、スケジュール帳を取り出す。お祭りの日の箇所には赤い字で11:00〜19:00と書いてあった。わたしはスケジュールに変更があった場合、忘れないように赤いボールペンで書く癖がある。そういえばこの日はもともと休みだったような………あ、思い出した。同い年の女の子に、代わってくれと頼まれて二つ返事で引き受けちゃったんだった。なるほど、あの子はお祭り行くんだな。デートだな。


「んー……ごめん。バイト、ひとり欠員が出て、その埋め合わせにわたしが出るの。だから確実な約束はできない」

「そうですか…」

「でも出来る限り行くつもりでいるよ。最初からは難しくても、途中から見られるかもしれないし。それで良ければ」


わたしの微妙な返答に、奏汰は複雑そうに「うーん…」と唸る。誘った方からすれば、こんな中途半端な返事、困るよね。やっぱり最初から行ってたほうがいいよね。それは、わかる。


「むりしないでほしいですけど……でも、ちづるがきてくれたら、とってもうれしいです。…ぼく、わがまま、ですよね」


まさか、先程の「うーん」は、わたしのことを思いやってのことだった。なにそれ、ちょっと嬉しいじゃないの。海賊フェスのときは行ってあげられなかったし、海の家のお手伝いのときは鉄虎くんがビーチフラッグで負けてしまったので、ライブをする権利を譲ることになった。…そう、わたしは一度としてアイドルとしての奏汰を見たことがない。


「全然。はっきり言ってもらえるほうが嬉しい」

「そうですか…?」

「うん。終わったら取り敢えず向かうようにするね。がんばるから」

「はい。まってます」


わたしの曖昧な返事にも、奏汰は嬉しそうに笑った。寧ろ嬉しいのはわたしだ。海で逢っていただけのときはもちろん、一緒に住んでからも奏汰からステージの誘いをもらったことがない。アイドル深海奏汰を、わたしは全く知らない。きっとお互いが遠慮していたんだろうね。でもこうして声をかけてくれたんだから、招待したいと思ってもらえる程度には信頼されてるのかな。
















祭りの影響をモロに受けて、今日は一日中忙しかった。あまりの忙しさに、ごはんを胃袋に突っ込むだけの15分休憩を代わりばんこに取っただけだった。そんな激務を終えて疲れきってる身体に鞭を打って、とにかくお祭り会場まで走ってきた。想定20分のところ、13分で到着。またもやスニーカー大活躍。まだこんな体力が残ってたのかと自分で自分を褒めたい。でも自然と足が動いたんだ。だって奏汰が待ってるから。

このあたりでいちばん大きなお祭りってだけあって、見渡す限り人、人、人。どっから沸いて出たのかと訊きたくなるくらいの人口密度。みんなお友だち同士や恋人、家族連ればかりで、わたしみたいなひとりものは異質中の異質。微妙に居たたまれない気持ちになりつつも、わたしだってこれから大切な友人に逢いに行くんだから全然淋しくない。寧ろ幸せなことだと思える。


「えーっと……ステージどこだ…?」


人混みを掻き分け…はしないけど、隙間を縫うように、なるべく周りに迷惑をかけないように前へ進む。こういう動きをするときは、ひとりでよかったと心から思う。負け惜しみなんかじゃなくて、本当に。身軽っていいことだらけだ。

進むにつれて人が多くなっているような気もするし、なんだかお囃子以外の音楽が聞こえる。もうだいぶ近くまで来てるんじゃないかな…と辺りに目を向けた直後。目映い光と、数秒遅れてどん!と身体の芯まで響く轟音がした。花火だ。どっかんどっかん鳴る花火の音の他に、人の歓声もする。それらを頼りに向かっていくと、少し開けた場所に櫓が見えた。


「あ…!」


あった!間に合った!なるほど、櫓とステージが一緒になってたんだ。おかげで目立って助かった。ステージもお客さん側もかなり盛り上がっている。中盤といったところだろうか。なんとか半分くらいは見られそうでよかった。走った甲斐もあった。

奏汰は…と意識的に捜すよりずっと早く、目が奏汰の姿を捉えた。わたしの目がいいのもあるけれど、奏汰は人目をひく容姿と雰囲気で自然と目が向く。……ああ、奏汰って、歌うとこんな声するんだ。なんて綺麗で透き通った声なの。きっと音程もばっちりなんだろう。はじめて聴いたよ。ダンスも誰よりもキレがある。普段の、のんびりした姿からは想像つかない。複雑そうな振り付けもステップも間違えるって感じがしない。安心して見ていられる………なんだこれ、まるで親心。でも強ち間違いじゃないんだろうな。「がんばれ。奏汰」と、気づけば本当に親みたいなことを口にしていた。

ステージには流星隊と……ん、あと…ふたり?誰だろうと思う前に、千秋さんともうひとり、奏汰のとなりに並ぶ人物でわかった。宗さんだ。斎宮宗さん。こんなところでライブするのも、奏汰たちと一緒にステージあがるのも珍しいような。こういうどんちゃん騒ぎ、苦手だと思ってた。奏汰にでも頼み込まれたのかな。それとも手塩にかけて育ててるあの一年生の子の為……あ、今は二年生か。どちらにしろ、ああ見えて頼まれると弱いからなあ、宗さん。

宗さんもいろいろあって随分落ち込んで塞ぎ込んでしまったと聞いていたけど…なんとか立ち直ってくれたのかな。心配してなかったわけじゃない。奏汰と関わりがあるひとのこと、特に五奇人の皆さんのことは、ずっと気にしていた。なにが出来るってわけじゃなかったけど。それでも心配だけは、していた。奏汰もきっと、宗さんのことは気にしていただろう。心を許していた宗さんと、大切にしている流星隊のみんなで同じステージに立てて、きっと嬉しいだろうな。そんなステージを見に来てほしいと言ってもらえるのは、わたしだけの特権だろうか。…って、せっかくのライブなのに、なんて邪な考えをしてるの。

変な考えをリセットするかのように櫓に視線を向けると、いちばん上で鉄虎くんが太鼓を披露しているのが見えた。なんとも自信に満ちた顔してる。目がいいって、改めていいな。表情がよく見える。とってもいい顔してるね。自信に満ち溢れていて、きらきらしてる。ああいうのがアイドルってやつなんだろうな。鉄虎くんだけじゃない。忍くんと翠くんも、すごくいい顔だ。

鉄虎くんの太鼓とみんなの踊りに一体感があって、見ているこちら側はどんどん盛り上がる。お祭りならではの演出だと思う。……あ、いけない。奏汰のことも、ちゃんと見なきゃ。せっかく招待してもらったんだから、帰ったときにちゃんと感想言ってあげたい………




「……!」


二度目に奏汰の姿を捉えた瞬間、どくん、と心臓が大きく跳ねた。奏汰が、笑ってた。今までとは比べ物にならない、きらきらした笑顔だ。理由はわからないけど、急に奏汰の表情が輝き始めた。ときめきなんかじゃない。これは…嫉妬だ。嫉妬、羨望、独占欲……そんな言葉たちじゃ表せないくらい、どす黒い気持ちだ。

やめて、お願い。そんな顔しないで。わたしがいないところで、そんな幸せそうな顔しないで。わたしの知らない奏汰にならないで。わたしの知らない奏汰なんて、見たくないよ。思いたくもないことが、次から次へとあふれてくる。

一度生まれてしまった汚れた気持ちは、とどまることを知らない。どうしたらいいかわからなくて。この気持ちのやり場がなくて。これ以上ステージを直視できなくて。静かに目を閉じて、ステージに背を向けてその場からそっと離れた。知らなかった、奏汰があんなふうに笑えたなんて。知らなかった、わたしがこんなにも醜い心を持っていたなんて。

ごめんね、奏汰。せっかく誘ってくれたのに、最後まで見てあげられなくて。素敵なライブを心から楽しめなくて。こんなに汚い心を持っていたわたしに、貴方は眩し過ぎた。




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