変わっていく現実世界
「………んー…」
ふと目が覚めた。気のせいかな、部屋がいつもより明るく感じる。なんで…………あ、そうか。昨日から、奏汰さんと一緒なんだ。あっちの部屋は奏汰さんに譲って、わたしはリビングで寝たんだっけ。日当たりが無駄にいいんだよな、ここ。忘れてた。それが気に入ったところでもあるんだけど。
時計を確認すると朝6時。いつも30分に目覚ましが鳴って、それで起きるはずだが…今日は随分早く起きてしまった。まだ寝られる、まだ寝たいと思うが、ここで二度寝したら起きられないのはわかってる。それで何度も遅刻しかけてるし。仕方ない、身体起こそう。
いつもより早く起きたことだし、お弁当作ろうかな。……奏汰さんの分も。なんか厚かましくないかな、でも自分のだけ作るっていうのはもっと非情だと思う。自己満足なのはわかってるけど、それでも。もし要らなかったら捨ててもらえばいいか。起きてすぐ台所っていうのが、こんなに便利に思う日が来るとは思わなかった。
早速お米を研いで炊飯器にセット。なんか今日は、おにぎりな気分だ。おかずは…昨日の今日で申し訳ないけど卵焼きと、あとは本当に申し訳ないが冷凍食品で勘弁してもらおう。わたしは便利だし美味しいから好きなんだけどね、冷凍食品。奏汰さんもこれでいいって言ってくれるなら万々歳なんだけど。明日からは、まともにおかず作る。うん、明日から。
さて、あと……どうしよう。せっかくだし、このまま朝ごはん…やってみようかな。奏汰さん、朝ごはん食べる派かもしれないし。白米はまだ残ってる、おかずはお弁当の残りがあるし……あとは、お味噌汁作ってみたら、それらしくなるかな。なにごとも、やってみなきゃわかんない。
あらかた準備が整ったところで、そろそろ起こそうと奏汰さんがいる部屋へ。一応軽くノックすると「は〜い」と、あの特徴のある間延びした返事があった。あら、もう起きてた。
「おはようございます。ちづるさん」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい。おかげさまで」
「それならよかった。でも早いですね」
「ちづるさんこそ」
「なんだか早く目が覚めちゃって」
「ふふ、ぼくもいっしょです」
奏汰さんは既に制服に着替えていて、更にお布団も畳まれている。意外…と言ったら失礼かな。こういうところ、ちゃんとしてるんだ。
「朝ごはん…というほどのものじゃありませんが。一応、用意ができてます。一緒に食べませんか?」
「はい。いただきます」
自分が普段は朝ごはんを食べない人間だから、なにをしていいのかわからなくて。ごはんと味噌汁と、卵焼きをはじめとするお弁当の残り物のおかずを取り敢えず並べていく。……これ朝ごはんって言えるのか?
「これっぽっちですみません…」
「とんでもない。とっても、おいしそうです」
「…あ!ご飯、炊きたてだから熱いかもしれません…!あとお味噌汁も!」
「だいじょうぶですよ。きをつけます」
わたしの忠告を素直にきいて、出来立てのお味噌汁をゆっくり冷ましている。…なんか、可愛い。不謹慎なんだろうけど、その仕草がどうしようもなく可愛く見えてしまった。
「『わかめ』と『おとうふ』のおみそしるですね。おいしいです」
「…ありがとうございます」
自分が好きなように作っているだけだが、奏汰さんは昨日から美味しいとしか言わない。こちらが恐縮するくらい褒めてくれる。本当か嘘かはまだ判断できないけど、とにかく今は不味いとさえ思われていなければいいや。
意外と綺麗な所作でお箸を進めていった奏汰さんは「ごちそうさまでした」と言って食器をシンクまで持っていってくれた。わたしがやるのにって思っちゃうけど、そういう細かい気遣いが嬉しくて、なんだかいいなあって思ってしまう。このままだと奏汰さんに甘えすぎてしまいそうだ。
「では、わたしは片付けやっちゃうので、お先に出発して大丈夫ですよ」
「ぼくも『おてつだい』しますのに…」
「ううん。量少ないですし、任せてください」
「じゃあ…けさは、あまえます。よるごはんのおかたづけは、いっしょにしましょう」
「ふふ。ありがとうございます」
「やくそくですよ。では、ぼくはそろそろいきますね」
「はーい…」
見送ろうとして手を挙げたが、そこでわたしの動きが止まる。うーん、なにか、大事なことを忘れているような………あっ!!
「奏汰さんっ!ちょっと待って!」
「はい」
「あの!よかったら、これっ!」
奏汰さん仕様に青のバンダナで包んだお弁当を差し出した。奏汰さんは目を大きくさせて、わたしの顔と手元を交互に見る。これは…相当驚いているな。暫くそうしていたけど、やがて遠慮がちに手を伸ばして、受け取ってくれた。
「…ほんとうに『いたれりつくせり』ですね」
「大したものでは、ないんですけど…!」
「うれしいです。おひるが、まちどおしいです」
本当に嬉しい、と言わんばかりの笑顔で奏汰さんはそう言った。お弁当をゆっくり鞄にしまって、その笑顔のまま奏汰さんはわたしに向き直した。
「じゃあ、いってきます」
「い、行ってらっしゃい!」
ばたん、と扉が閉まる。奏汰さんを無事に見送って気が抜けたのか、わたしは思わずその場にへたりこんでしまった。う、うわあ…!なに今の!あんな顔、はじめて見た!可愛い…!
「あー……やばいかも…」
下心なんてなかった、昨日の時点では。自信を持ってそう言える。でも今はどうだ。一晩経っただけで全然違う。昨夜から今朝まで約半日。なにもかもが、おともだちの距離感とは全然違う。しっかりしろちづる、そんなつもりじゃなかっただろ。奏汰さんを支えるんだろ。頬をぺしぺしと叩いて、気合いを入れ直す。
片付けと登校の準備をして、いつものローファーを履く直前で止まった。今日は予定が詰まっているから…ローファーはあんまりよくないな。ハイカットのスニーカーを取り出して足を入れる。うん、こっちの方が良さそうだ。
靴紐を整えて、リュックを背負って、玄関を出る。部屋の外はいつもと同じ景色のはずなのに、今までより色づいて見えるのは気のせいなんかじゃない。
.【back】