あなたのためにできること





今日も一日、長い授業が終わった。ショートホームルームが終わって、みんながぞろぞろと帰り出す。さて、わたしも行くか。荷物をまとめて席から立ち上がるのと同時に、隣のクラスの数少ない友人のひとりに呼ばれた。


「ね、ちづるちゃん」

「なあに?」

「これから、駅前のカラオケ行こうよ。今みんなで話し合ってるとこなんだ」

「あー…ごめん!最近めっちゃ買い物サボってて、今日行かなきゃいけないの」

「そっかー…わかった、残念」

「ほんとにごめんね。また誘ってくれたら嬉しい」

「もちろん。でも最近バイトも忙しそうだし、身体壊さないでよ」

「ありがと。昨日と今日でだいぶリフレッシュできてるから大丈夫。じゃあ、また明日ね!」


友人に挨拶して教室から出る。スニーカーを履いてそのままダッシュで学校を飛び出して、今日行くところと経路を頭の中で確認。今日はやることが沢山ある。しかも必ず今日行かなくてはいけない。体力、落ちてるなよ。




まず立ち寄ったのは近くの洋服屋。安くて構わないから可愛らしい部屋着を調達することが目的。そういう関係じゃなくても…やっぱり同居人ができたんだから、そこには気を遣いたい。ましてや相手はアイドル。中学時代の芋ジャーはもう部屋着にできない。良さげなものを数着見繕って、次はメンズ服のコーナーに移る。……やばいな、男性ものなんて買ったことないからサイズが全くわからない。でも、だからって買わないという選択肢はない。サイズに関しては感覚だけを頼りに、デザインは青系のものを中心に買い物カゴに入れていく。「うみのいろですね〜」って言って気に入ってくれるといいんだけど。

お会計を済ませて次は本屋。いつも立ち読みに向かう漫画コーナーじゃなく、料理本が置いてある棚に足を運ぶ。初心者向けのものを手当たり次第に流し見て、わたしでもできそうなメニューが多い本を二冊ほど購入。料理本をリュックに突っ込んで最後は薬局に立ち寄る。日用品と、洗剤と…あとシャンプーとトリートメント、ボディソープも買っていこう。多くて困るものでもないけど……詰め替えをひとつずつ買ってくだけでいいか。お金の心配ではなくて、既に飽和状態の両手を見ながらそう思った。





「ふう…つかれた…」


人生初めてというくらいの両手いっぱいの大荷物で、よろめきながら一旦帰宅。これからスーパーまで行かなきゃいけないが、まずはこれを少しでも整理しないと。後回しにしたら絶対やらない。自分の性格は自分がいちばんよく知ってる。

ざっと片付けて身軽になったところで最後の一仕事、食材調達だ。学校と自宅のちょうど中間地点くらいに、行き付けのスーパーがある。今日のお夕飯の材料、日持ちするレトルト食品、卵、お茶とお水とジュース、お米は確かまだ残ってたから大丈夫なはず………お、冷凍食品半額なのか。買うしかない。

袋詰めを終えて買い込んだ量におののく。ほんとに今回は買い物サボりすぎた。いつもバイト先で賄い食べて帰ってたから食いっぱぐれることはなかったけど……問題はそういうことじゃない。それに、これからは賄いのお世話になるわけにはいかない。ごはん、ちゃんと作らないとね。決意を新たにお店をちょうど出たら、ポケットのスマホが震えた。奏汰さんからの着信だ。


「はい」

「もしもし〜。ちづるさんですか?」

「ちづるさんです」


わたしの携帯なんだから、わたししか出ないでしょうに。でも、電話口の奏汰さんがたいそうご機嫌ぽかったから余計なことは言わないでおく。


「れっすん、おわりました」

「わかりました。お迎え行きますね」

「だいじょうぶですよ。ちかくまでは、いけます」

「わたし今買い物に出ちゃってるんです。学校遠くないので、せっかくですから行きます」

「そうですか?じゃあ、まってます」


電話を切って用済みとなった携帯を鞄に放り込み、気合いを入れて袋を持つ。荷物は重いはずなのに、足取りは不思議と軽い。知らずのうちに早足になってたのか割と早く学校が見えてきた。門の前に人影があるが、奏汰さんかなと思った矢先に「ちづるさ〜ん」と手を振ってくれた。やだ、なにそれ、可愛い。


「奏汰さん。ごめんなさい、待たせちゃいましたね」

「いいえ。ぼくがいければよかったんですけど…このあたりの『ちり』、べんきょうしますね」


無理に覚えようとしなくてもいいけど、奏汰さんの気持ちは有難かった。自然と笑みをこぼしながら「期待してます」とだけ言った。余計なプレッシャーは感じてほしくなかったから。


「おにもつ、おっきいですね」

「あ、はい。いつもまとめて買うので、このくらいになっちゃうんです」

「かしてください。もちますよ」

「いえ!大丈夫ですよ!いつもやってることですから」

「えんりょなさらず。これからは、ぼくもいっしょですから」


これからは一緒。その言葉がなんだかくすぐったくて、でも嬉しくて。誰かと一緒なのはいいものなんだなあって、柄にもないことを思った。


「じゃあ…こっち、重い方、お願いしていいですか」

「はあい」


卵が入ってる方の袋は自分で持って、ペットボトルが入ってる方の重たい方をお願いした。それなりに重いのに、奏汰さんは涼しい顔で袋を片手で持つ。細腕だと思ってたのに、意外と力持ちなんだね…凄い、見直したかも。


「ちづるさん」

「はい」

「おべんとう、ありがとうございました。とっても、おいしかったです」

「そ、そうですか!それは、よかったです…!」

「しゃけのおにぎり、とってもじょうずでした」


おにぎりに上手い下手あるのか…?まあでも、奏汰さんが喜んでくれたっぽいから、いいや。鮭フレークだったけど、それで喜んでもらえたならわたしも嬉しいし。


「きょうのごはんは、なんですか?」

「今日はですね、たらこのパスタにしようかなって」

「いいですね。たらこ、すきです」

「よかった。あとで奏汰さんのお好きなものとか、苦手なものとかいろいろ教えてください」

「ぼくは、おさかなさんがすきです」

「おさかなは、なんでも?」

「そうですね」

「ふふ、わかりました」


あ、嫌いなものとか苦手なものを訊くの忘れた。でもなんだか会話が切れたのに今更訊けない。好きなものの話ができたから満足しちゃったのかな。それに奏汰さんは、なにを作っても食べてくれそうな気がしてならない…なんて、わたしの思い上がりかな。

でも、食べてくれるひとがいるのって、確かにモチベーションになる。さて、明日は、なにを作ろうか。



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