職業は保護者です




「もしもーし。おつかれさまです、ちづるさん」

「お待たせしました。バイト終わりました」

「わかりました。いまからいきますね」


バイトが終わったら、奏汰さんに電話して迎えに来ていただく。バイトがないときは逆にわたしが奏汰さんをお迎えに行く。この生活になって早くも半月が経過した。

平日はいつもレッスンが終わる時間に合わせているが、今日は流星隊はお休み。バイトが終わるまで奏汰さんは学校で待っててくれている。「ぶしつにいますから、だいじょうぶですよ」と言ってくれた奏汰さんの言葉を信じた。でも完全に大丈夫なわけないだろと気付いたのは情けないことに仕事中だった。

奏汰さんが来たらすぐわかるように、電話をしたあとは外で待つことにしている。でも待ち時間は暇だ。アプリで時間を潰していると、遠くから名前を呼ばれた。「ちづるさ〜ん」と呼ぶその声は間違いなく奏汰さんだ。慌てて顔を上げると、奏汰さんと、もうひとりの姿があった。…このひと絶対知ってる。茶髪と笑顔が印象的で…誰だっけ、えーっと、えーっと………あ。


「…千秋さん?」


おっかなびっくり名前を呼んだら当たったらしく、千秋さんは明るい笑顔で頷いた。このひとも奏汰さん繋がりで知り合った。流星隊の隊長さんで、副隊長の奏汰さんをよく海まで捜しに来ていたっけ。最近は奏汰さんも幾分落ち着いたらしく、千秋さんが海まで捜しに来ることはなくなったから、めっきり逢わなくなったっけ。


「久しぶりだな、ちづるさん」

「はい。ご無沙汰してます」


ぺこり、とお互い会釈。そういえば、初対面のときもこんなかんじだったなあと急に懐かしくなった。


「千秋さんもご一緒でしたか」

「ああ。今日は流星隊のレッスンはないのに、奏汰が水浴びもせずただ校内に残っているから…あまりの珍しさについ気になってな。話をしてたんだ」

「そうでしたか」

「それで、その……奏汰から、事情は聞いた」


千秋さんの言わんとしていることが、みなまで言わずともわかった。同居なんて!と咎められるのかと思ったけど、その心配は無さそうだった。千秋さんの表情が、心なしか柔らかくて優しいように見えたから。


「俺からも一言挨拶したくてな。ついてきてしまった」

「わざわざありがとうございます」

「お礼を言うのはこちらだ。どうだろうか?奏汰、迷惑を掛けていないだろうか?」

「とんでもない。毎日楽しく過ごしています。こうしてわたしがバイトのときは必ずお迎えに来てくださるので、わたしも大助かりです」

「そうか…ならよかった」


安堵の溜め息らしきものをついた千秋さんに「だからいったでしょう」と得意気に言う奏汰さん。なんだか可愛く見えて、思わず笑ってしまった。


「それより、暫く厄介になると聞いているんだが…ちづるさんは大丈夫なのか?」

「はい。わたしもいろいろあって、ひとりなので。奏汰さんがご不満でなければ、こちらは全く問題ないです」

「そうか。…なら、俺からもお願いしよう。ちづるさん、暫く奏汰を宜しく頼む」


さっきの会釈より深々と頭を下げた千秋さん。きっと、奏汰さんの事情をある程度理解しているんだろうな。千秋さんの姿から、奏汰さんへの思いやりをひしひしと感じた。

それにわざわざこれだけの為に来てくれたのか。なんて律儀なひとなんだ。奏汰さんが信用して、ついていくのもわかる気がした。わたしも千秋さんのことは信じよう。このひとは、信頼に値する。


「はい。承りました」

「ありがとう、ちづるさん。勿論このことは俺の口からは一切他言しないと約束しよう」

「うん。お気遣いありがとうございます」

「それと…恐縮なんだが、ちづるさんの連絡先を伺ってもいいだろうか?奏汰のことでなにかあったときに、ちづるさんにも報告したい」

「わかりました。どなたか連絡取れる方がいらっしゃると、わたしも助かります」


高校生と言えどアイドルと連絡先の交換なんて、はたから見れば凄いことだと思う。しかし、わたしたちの中では保護者同士の連絡網といったところだろうか。自分のなかでも驚く程に浮わついた気持ちがない。…寧ろ、奏汰さんの番号ゲットしたときのほうが内心ガッツポーズしてたな。


「ちづるさん。よかったら、きょうはこのまま『ごはん』いきませんか」

「まだ20時だもんな、時間はあるし、どうだろう。ちづるさんの分くらい、ご馳走しよう」

「え、ちあきもくるつもりですか?」

「いやいや、一緒に行こうと話していただろう!」


ふたりの漫才みたいなやり取りに、また笑ってしまった。奏汰さんもこういう冗談言うんだ…としみじみ。こんなひょうきんな部分があるなんて、知らなかった。


「まあ、そういうわけだ。如何だろう?」

「ちづるさん、ごはんもおべんとうも、まいにちかかさずつくってくれています。ですが、たまにはやすんでください。はねをのばしてください。そしてまたあしたから、おいしいごはんをおねがいします」


奏汰さんの最後の一言には、とうとう盛大に吹き出してしまった。だって、また明日からって…ちゃっかりしてんなあ。そう言ってもらえてこちらも嬉しいけどね。なんか今日のわたし、同性の友達と話すよりも笑ってるかもしれない。


「ええ。是非行きましょう」

「そう来なきゃな!さて、なににする?」

「おさかなさんですよ、やっぱり」

「なんでいの一番にお前が言うんだ。ちづるさんの意見も聞かなきゃだめだろ」


わたしも、それでいいと思ってはいるんだけどね。だって、どうせなら家で作れないものがいい。なにより奏汰さんがそれで喜ぶなら、それ以上のものはない。


「回転寿司でもいいですよ」

「それじゃ奏汰の意見最優先じゃないか。ちづるさんの希望は?」

「ぼくもしりたいです。ぼくの『いけん』は、いったんわすれて、ちづるさんのきぼうをおしえてください」


わたしは基本的に、意見を言う立場にならない。学校でもバイトでも。決定権はほかのひとに譲って、決まったことについていくタイプ。そのほうが円滑に進むし喧嘩にならない。どこの組織にも仕切りたがりのひとはいるもので、そのひとに逆らうと後々面倒でもあったから。

でも、奏汰さんと千秋さんは、わたしに決定権を譲ってくれようとしている。ふたりは、そんな根性悪い人間たちとは違う。…本当に言っても大丈夫だろうか。


「……カレーか、中華かな」

「うん、いいな!」

「そうですね。いきましょう〜」


ある程度予想はできていたが、ここまであっさり受け入れられるとは思わなかった。まあこれは相手が奏汰さんと千秋さんだからであって、普通はそうそう上手くいくものじゃないだろう。でも…嬉しいものなんだね、自分の意見に同意してもらえるのって。こんな些細なことでも。


「ちづるさん、どっちにしますか?」

「どっちも同じくらい気になるので、ここから近いほうにしましょうか」

「ここからだと…確か中華の方が近いな」

「ちゅうか〜、えびちり〜」


この様子では奏汰さんはエビチリ食べる気満々だと、誰がどう見たってわかる。「お前は本当に魚介類が好きだな」という千秋さんの言葉に頷いた。


「好きなものがあるのは幸せなことですよね。千秋さんはどうします?」

「俺は、そうだなあ…取り敢えずナス以外ならなんでも好きだぞ!だが今はチャーハンな気分だ!」

「ちづるさんは?どうしますか?」

「メインはまだ迷ってますが…春巻は絶対食べたいです」

「はるまきですね。ぼくと、わけっこしませんか」

「もちろん!」

「よし、三人でシェアしよう!」

「ちあきもくわわったら、ちづるさんの『とりぶん』がへっちゃいます」

「む、そうだなあ…好きなものが減るのは悲しいよな」

「まあまあ。多めに頼んで、みんなで分けましょう」


そういえば、誰かと一緒に外食も久しぶりだな。ひとりでお店に入ることもできるけど、節約の為に一切しなかった。バイト先のまかないはお金かからないからケース外だとして。でも、たまにはこうして外に行くのもいいかもしれない。奏汰さんの思いやりが嬉しかったのもあるけれど、今のわたし、凄く浮かれているから。



.
【back】