ひより様リク/カルマ



トン、トンと響くソレはあまりに小さくて、音の原因は本人である私なのだが無意識でやっていたことに気づく。

私の癖、だ。分からないことや悩んでいることがあると必ず、軽く指をトントンさせる…らしい。らしいというのも友人に言われて初めて気づいたことだ。そして悩んでる内容は、私の目の前にある問題集。

成績は良くも悪くも中の下と言ったところで、飛び抜けて頭が良いわけじゃあない。この進学校では幸いなのかそうでないのか、授業をきちんと聞いていれば理解出来ないことはない…程度の脳みそ。

だが、この問題集とても難しい。担任の先生に志望校に行きたいのなら、もう少し数学のレベルを上げること、そう言われた。とは言ってもややこしいのなんのって…。中2の私には難しすぎるよ先生ッ!!


「これ、ちょっとした引っ掛け問題だよ。よく問題文を読んでみて」

『っ!…浅野』

「ここ最近ずっと勉強しているね」


ふいに、何の気配も無く現れたのは、同じクラスの浅野学秀。目が合うなりニコリと微笑まれ、何故か目の前の椅子に彼は腰を落とした。おい、なんでだよ!なんて言える勇気など私にあるはずが無く、大人しく質問に答える。


『まぁ、ね。行きたい高校見つけて、そこに行きたいなら数学の成績上げろって……先生が』

「姫龍さんは理解するまでが少し時間かかるけど、一度理解してからは早い。応用には弱いけどね」

『なんでそこまで知ってんだ』

「さぁ、どうしてだろうね」


私が聞いてんだが……。まあでも、そうかコレは引っ掛けか。どうりで解けないと思った。そうだよ、私は引っ掛けにまんまとハマるタイプの人間なんだよ、マニュアル通りにしか解けない効率の悪い脳みそ所持してるんだ!


『ハマってたわ。ありがと』

「どういたしまして」

「…ねぇ、これは?」

「この問題はこれが用いられているから、この公式」

『あ、なるほど。……解けた』

「正解。次の問題はちょっと難しいよ。問題文をちゃんと読んで解いてみて」

『ん……』


ゆっくりと落ち着いて、言われた通り一言一句をちゃんと理解して……この公式だから、…あ、いや待てよ、危ない危ない、また引っかかるとこだった。ここに代入してからの、


『出来た!浅野、どう、合ってる!?』

「……ん、合ってる。正解」

『やった!ありがと浅野!』


たった一問解けただけだが、それが嬉しくて自然と笑顔になるのが分かった。よしよし、私もやれば出来る子なんだから、うん、この調子で次行ってみ…!


『あ、な、何ッ…!』

「可愛くて、つい、ね」


そう言いながら浅野は優しく数回、私の頭を撫でた。その表情は見たことないくらい優しくて、不覚にもちょっとカッコイイだなんて…思ってません!ちくしょう!


『……っ、へぇ、そんな顔もすんだ。浅野もちゃんと人間なんだね』

「どういう意味かな、それ」

『そのまんまの意味じゃん』


というか、可愛いってなんだよ。アンタでもそんな言葉言うんだ。意外すぎてビックリだわ。頬杖を付いてコチラを見ている浅野の顔が、急に険しくなる。なんだなんだ、どうした


『どしたの急にそんな怖い顔し「やっほー、遊乃ちゃん」…(あぁ、うん、納得)』

「じゃあ姫龍さん、僕は帰るよ。またいつでも聞いてきてよ」

『あ、うん、助かった。ありがとね浅野』


席を立ち荷物を持った浅野に、もう一度お礼を言い軽く手を振る。伸びてきた浅野の腕はまた、私の頭を数回撫でて「あまり無理はしないように」そう言って今度こそ図書室を出て行った。

カルマに至っては、隣の席の椅子を背もたれを抱え込むようにコチラを向いて座っていた。


「ふーん、やってくれんじゃん」

『……何が?てか何、なんでここにいるのカルマ』

「ねぇ、遊乃」


いつもより、ほんの少し低い声で、いつもとは違う呼び捨てで、私の髪を一束掬っては長い指でそれを弄り、


「俺だって数学…得意なんだけど?」


拗ねたような声色でそう呟いた。チラ、と盗み見るつもりが彼はちゃんと私を見据えていて、心臓が音を立てる。


『カルマ、何か怒ってる?』

「…んー、怒ってはないよ。ムカついただけ」

『(それを怒ってるって言うんじゃ…)』

「明日もここで勉強すんの?」

『え、あぁ、うん。そのつもり』

「じゃ、俺もする。教えてあげるよ」

『いいの?嬉しいありがとう!助かる!』

「俺も嬉しいよ。遊乃と二人きりになれて」


その言葉に、急に現実に引き戻される。ふたり、っきり…シンと静まり返る図書室は私とカルマの気配しかなくて、突然恥ずかしさが込み上げてきた。言い方が…ずるい、


「照れてんの?遊乃ちゃん可愛いーね」

『カルマうるさい』


照れ隠し、なんて今更意味もないだろうが誤魔化すためにシャーペンを握りしめ問題に取り掛かる。先程までの不機嫌はどこへやら、隣で楽しそうにしているカルマ

時折、助言をくれたりしたがきちんと集中することは出来なかった。くるくると、私の髪に触れて遊ぶカルマの長い指のせいで、ね。


◇◇


『ねぇー、そういえばなんであの時、不機嫌だったわけ?』

「…他の男に好きな女が触られてたら、嫉妬するでしょ」

『……、え…っ、いや、……えっ!?』

「何止まってんの、行くよ」

『(今あいつ、好きな女って……!!)』

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