茂みの中から出てきたのは、熊でも狼でもなくて、私と同じ"人間"だった。だが、ホッとしたのもつかの間、彼は私を見るなりこちらに向かって走り出す。黒い和傘を構えながら。…あ、やばい、逃げなきゃ。
数歩、後ずさったところで彼は更にスピードを上げた。足の速さに自信があるなんて言ってごめんなさい、撤回します。殺される。
『……いッ!!』
想像、とは違う。腕を思い切り引かれ、後ろから聞こえた「ギィイイイ」そんな断末魔。思わず耳を塞いだ。やっぱり全然状況が把握出来ないし、したくもない。だって…こんなでかいネズミなんて、生まれてこの方、見たことがない。
『意味、分かんない…なんなのよ』
「おっと」
茂みから出てきたのが人間だと思って安心した矢先、すぐ後ろには腰の高さまである大きなネズミ。それを一瞬で倒してしまった、この人。限界が来た私の足は、簡単に崩れ落ちる。支えられた腰をゆっくりと、彼は地につかせてくれた。
『あり、がと』
「礼を言われる事じゃねェ」
『助けてくれた』
「…俺は行くが、あんたはどうするんでィ」
俯いていた顔は、反射的に上がる。私の目線に合わせてくれていたようで、思いのほか近かった距離に言葉が詰まった。
「……珍しい目してんな」
『…よく、言われる。…行ってください。ありがとうございました』
「だろうな。…付いてきたきゃ、付いてきな。あと、固っ苦しいのは苦手なんでィ」
『〜〜っ、ありがと!!』
―――どこに向かえばいいのかも分からないまま、お面の人に付いていく。名前聞けば良かった。走りながらも、現れる大きなネズミを彼は次々と倒していった。正直なところ、惨たらしくて見てられない。
グロいのは昔から苦手だ。映像と分かっていても、映画のワンシーンだけで気分が悪くなる。ゲームなら、平気なんだけど。目の前で見るというのは、少し……いや、かなりキツイものがあって既に気分が悪くなってきている。この人が居るから、襲われなくて済んでるし文句は言えない…言わないけど。
気分が悪いせいか、息が上がる。足も重たい。数歩先を走る彼は、私の様子に気がついたようで徐々にペースを落としていく。
「……少し休むかい」
『ごめん、ちょっとだけ』
「顔色悪いぜ」
木陰に入り、ネズミ達を視界に入れないよう彼を見つめては苦笑いを零した。
「…あぁ、そういうことな」
『何で今ので分かるの……』
「ま、なんとなくでさァ」
なんとなくで、私がグロいのが苦手って分かったの!?普通なんとなくで、そこまで分かっちゃわないって!…でもこの人すごく鋭そうだし。私がわかりやすいだけなんだろうな。
『…ありがと、もう大丈夫…』
「ならいいが…コレ持っときな」
そう言い、手渡された立派な刀。え、なに、本物?なんで、使えないって……。
『……本物?』
「あァ。……もう使わないんでな」
『……訳ありみたいだね。じゃあ、有り難く借ります。…ね、あなたの名前なんて言うの?』
「…鬼ヶ崎カイコクだ」
『鬼ヶ崎…カイコク……んんん、なんか聞いたことある名前。それに貴方の声も』
「ほう、そりゃありがてェな。実況をしてんだが、そこでじゃないかい?あんたは猫さんだろィ」
『……機道鈴って言うの』
ふいに、彼を見て絶句した。正確には、彼の"後ろを"見て…だ。目が見開かれていくのが自分でも分かる。
「どうしたんでぇ」
『か、カイくん!!』
「なんでぇ」
『あれ、あ、あれ……!!』
「…またデケェのがいたもんだ」
私の視線に沿うように、彼はゆっくりと後ろを振り返った途端、笑う気配がした。伸ばされた腕よりも、走り去った彼の方が早くて、行き場を無くした私の腕はブラリと垂れる。……ウソでしょ、アレと闘う気なの?
あんな、巨人みたいなパンダと………?
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