なんというか、落ち着くのだ。狭くて、薄暗くて、物がひしめき合っていてごちゃごちゃで。

 夏休み前くらいだったろうか。担任に頼まれて生徒会室にプリントを届けに行った時のこと。生徒会室には誰もいなくて、適当に偉そうな机に置いておけばいいか、と生徒会室に入った。

「誰だ?」

 人がいたのか、と驚きつつ声のした方を向くと、壁際の天幕からひょっこりと同じクラスの男子、天羽翼くんが現れた。
 彼はこの生徒会室の一部を自分の研究所――ラボとして場所を貰っているという。覗かせてもらったそこは、外界から切り離された空間だった。何やら分厚い本が積み上げられ、コードは複雑に絡まりながら垂れている。試験管もあるし精密機器のようなものもある、そんな風なので足の踏み場がろくに無い。研究所、と言うよりは秘密基地、の方が合っているように感じた。

 それからというもの、私は暇を見つけては天羽くんのラボに居座るようになった。
 天羽くんは図体は大きいがあまりクラスで目立つ方ではなく……否、悪目立ちをしている方だった。そのため、同じクラスの私が彼のテリトリーに入ることに最初は怪訝な顔をしていたが、生徒会長様の許可もあって私は堂々とラボに入ることができるのである。

 私がこうしてラボに居座っていることは、クラスの誰にも口外していない。帰りのHRが終わった後に天羽くんと一緒に生徒会室に行くということもしたことがない。私が生徒会室に通っていることくらいは周りに知られているだろうが、ラボに篭っているなんてことまではきっと知られていない。

 ただでさえ狭いラボの更に隅っこが私の定位置。
 天羽くんの邪魔にならないよう、小さく三角座りをしてじっとしている。特に何を話すわけでもなく、天羽くんが生み出す発明とやらの、カチャカチャと鳴る金属音だけが響く世界。それがひどく心地よかった。


 ラボに居座るようになって丸々1ヶ月ほど経った頃だろうか。
 その日初めて、天羽くんはこちらに振り返った。天羽くんの澄み切った晴空のような瞳がこちらを捉える。目を逸らしたら負け、というわけでもないのに、数秒間お互いの瞳がかち合ったままだった。
 私から言うことなんて何もない。口を開いたのは、天羽くんだった。

「……なあ、毎日ここに来て、退屈じゃないのか?」

 1ヶ月、ほぼ毎日、放課後の数時間を共有していたというのに今更? というのが率直な感想である。
 単なる興味で聞いた、というよりは、理解ができないから意を決して聞いた、といったところだろうか。

「俺も発明に集中しちゃうし、君も何かするわけでもないし……」

 もごもごと、言葉を選んでいるのだろうか、詰まらせながらそんなことを言う。
 私は何も気にしたことはなかったが、天羽くんの集中を妨げていたのだろうか。自分のテリトリーに、何もしないでただ見ている人がいるというのが迷惑なことは想像に難くない。何も言われないから遠慮なく隅に陣取っていたが。

 しかし、こうして口に出されてしまったということは、いよいよ潮時ということか。

「退屈ではないけど……ええと、遠回しに私が邪魔って言ってる?」
「ぬ!? 邪魔じゃない、全然、そんなことはないぞ!」

 天羽くんはぶんぶんと首を横に振る。
 邪魔だ、と言われたらもう来ない……とまで言わずとも、週に2回程度に頻度を減らそうと思っていたが、迷惑ではないらしい。

「じゃあここにいさせてよ」
「ぬ〜……でも……」

 今まで黙って置いてくれたのに、どういう風の吹き回しだろう。接待しないといけない気にでもなっているのだろうか。

「別に気にしなくていいよ。天羽くんも発明してる間は私のことなんて気にしてないでしょ。退屈じゃないし、居心地いいから大丈夫」
「……うぬ」

 くるり、と体を反転させて、天羽くんはまた機械をいじりだした。

 私がどうしてここに居座るか。
 この雑然とした空間が気に入ってるから、というのもあるが、たぶん、こちらを窺わずに自分の好きなことに没頭するその背中に焦がれているのだ。彼のこんな姿、クラスでも私しか知らないなんて、ちょっと優越感に浸ってしまうというものである。

 私の好きな空間で、大事な時間で、私だけが知っている天羽くんがそこにいる。
 天羽くんがこちらを向いてしまったらきっと私も落ち着かない。彼が次にこちらを振り向いた時、きっと何かが変わってしまう。もう少し、このままでいたいと思うから、何も言わないでおくのだ。

 天羽くんはその大きな背中を丸めて、私は今日もぼんやりとそれを見ていた。


20201230
back