『凛が帰ってきた。』 たったそれだけの短い文面。それだけのことなのに、何も返せないままただ時間だけが過ぎていった。 貴澄といても、宗介に会っても、宗介の怪我のことを聞いても、どれだけ時間が経っても送られてくる文章と送り主が増えるばかりでこちらからは一切返信していない。 最初は遥の短い文章と真琴からの気遣いに溢れた丁寧な文章だけだったのに、気付けば渚のやたらとテンションの高いものや江ちゃんのブラコン全開のものまで混ざっていた。連絡先をバラした犯人は誰だ。 わたしとしては鯖に釣られた遥にファイナルアンサー。次に会ったらシバこうと思う。 まあ、次会う予定なんてないわけだけれども。 「笹原ちゃーん?話聞いてるかな?あれ、聞いてないかな?」 「聞いてます聞いてます今どき鯖に釣られる男子高校生なんて珍獣もんですよねー。」 「聞いてないね??」 聞いてませんできれば早く解放してほしい。 こちらのウンザリした顔など何のその、折れないハートがご自慢の水泳部主将であるこの女生徒は一学年上の先輩にあたる為、あまり無作法な態度は取れないのが痛手である。(貴澄に言わせれば十分無作法な態度を取りまくっているらしい。) その為、平素は出来るだけ遭遇しないよう逃げ回っているのだが、逃げても逃げても追い掛けては声をかけてくるその神経の太さを称えて最近では心の中でナーヴ先輩と呼んでいる。 これは愛称であって断じて悪口ではない。断じて。 「笹原ちゃん今なんかわりと失礼なこと考えてない……?」 「まさか。」 「うわすごい真顔。」 「そんなことより何の話でしたっけナーヴ先輩。」 「ナー、え?何先輩?」 「なーんの話でしたっけ先輩?」 「その誤魔化し方無理ないかな?」 いちいちリアクションが面白い感じの人なのでちょっと遊んでいる内に大体話の流れを変えることが出来る。しかしやはりナーヴの異名を持つだけあってかなり手強い時もあったりする。(愛称じゃなかったのかとここに貴澄がいれば恐らくツッコんでくれる。) 「今日こそは!水泳部の練習に!参加してもらいます!これは主将命令です!」 「今日の日本でたかだか部活の主将クラスの命令に実行力があると思ったら大間違いですよ。 課長クラスになってから出直してきてください。」 「ええい何と言われようと今日という今日は顔を出してもらいますからね!」 「えー。」 いつにも増して手強い先輩の様子に、何となく、違和感を感じる。いや、手強いのは手強いんだけどいつも。 「先輩どうしたんですか。生理ですか。」 「 違 い ま す ! 」 「はーもう生理前の女子マジヒステリックー。」 「笹原ちゃんそれ同じ女として終わってる発言だよ?!」 「いやいや後輩にパワハラかまして無理矢理連行する方が終わってるでしょー、いい加減そろそろ諦めてみませーん?」 「諦めてみません!」 「諦めてみないかーい?」 「諦めてみない!!」 と、突然スパーンと頭をはたかれた。 顔を上げるとやはりというべきか、呆れた顔を隠そうともしない貴澄がそこに立っている。どうやら間に合わなかったらしい。曰く、「何先輩にタメ語使ってるの。」だそうだ。 はたかれた頭を撫でてみるが、貴澄が本気を出せばこんなものでは済まないことくらい承知な為、自身が女子で良かったと心から思う次第である。閑話休題。 「はあ、市民大会とな。」 「そう!それで、その代表選手なんだけど、」 「じゃあわたし帰りますねーお先でーす。」 「待て待て待てーーい! 話しはまだ終わってないよ!笹原ちゃん!!」 「イイエわたしの中では秒で終わりましたわたしに掛かれば先輩が次に話す言葉も読めてしまうのですよ。」 「え……まさか、エスパー……!?」 「バレてしまったか……。」 「いやバレてしまったかじゃないから。 真面目に会話する気あるの、ヒロも先輩も。」 「えっ?わたしも??」 貴澄がいるとどう脱線させても話の方向を元に戻されてしまう為どうにか貴澄が帰ってくる前に切り上げたかったのだが、こうなってしまえば仕方がない。ふー、と重く息を吐くといっそ睨んでいると言われてもおかしくないくらい冷めた目つきで決定打を落とす。 「市民大会には出ません。練習はともかく、大会と名の付くものには死んでも出ません。二度と。」 「、そんなに水を欲しているのに?」 「…………何が分かるの。」 「分かるよ。水を愛している人の違いくらい。」 だから嫌いなのだ、この人は。 |