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「みょうじさーん、あそこの席に忘れ物あったから処理お願いしてもいい?バックヤードに置いとくから連絡あったらよろしくね!」
お疲れ様!そうにこやかに退勤していったのは一つ上のパートさん。世間は大型連休に突入し始めたようで都内の小規模チェーン店カフェでも時間なんて関係なく引っ切り無しにお客様が来てくれる。
タイムカードを押してから今日はひたすらレジ打ちしかしていなく、私の頭の中はポワッとしている。ちなみに接客し過ぎて呂律が回らなくなり始めた。次のお客様のオーダーでとりあえず一旦列は切れるため、一言一言ハキハキと喋るように細心の注意を払いながらなんとか無事オーダーを取り終え体に溜まった疲れを息として吐き出した。
こんなにレジ打ちをしたのは久々である。
本来ならば新人の2人がレジ係で組まれていたし私は作り手に回るはずだった。そんなまさか新人2人が揃いも揃って今日飛ぶとは思わず、何も知らずに遅番シフトで出勤してきた時のあの殺伐とした空気に私は押し潰されそうだった。
休日は激混みするのでレジ2人、作り手3人、休憩回す為に1〜2人の合計約7人は最低でも欲しいのにそのうちのレジが2人も居ないとなるともう忙しさのあまり皆んながパニックに陥る。(因みに今日の予定では6人だったが2人は飛んで1人は体調不良で欠勤)よくこの忙しい時間帯に2人で回せたなととても感心してしまう。
「みょうじさんが来るまでそんなだったんだけどね。」
ヘラ、とくたびれた笑顔でこちらを向く店長に心が痛む。
その笑顔に全てが詰まってるような気がした。疲れてるんだな…
夕方も過ぎてディナータイムまでの間に他店舗のスタッフが休憩回しと応援として駆けつけてくれるのを2人で「へへ、」と笑って待つ。
そんな矢先にバックヤードから大きな音で着信音が鳴り響いた。突然のこと過ぎて2人で顔を見合わせる。そうだ、忘れ物のスマホの存在を忘れていた。きっと落とし主からの電話に違いないと思い慌ててスマホの元に駆けるが一足遅くプツリと止んでしまった。ああ、電話の主には悪い事をしてしまった。でもこればかりは仕方ないか、と再びフロアに戻ろうと踵を返そうとした時、再びけたたましくスマホが鳴り響いた。勝手にマナーにしておけばよかった〜。耳が痛い。
「はい、もしもし。」
『すみません、そのスマホの持ち主の知人の月島と申します。今そちらのスマホはどちらにありますか?』
「お電話ありがとうございます、ご連絡お待ちしておりました。○○カフェのみょうじと申します。本日お昼頃当店でこちらのスマホを拾得致しました。」
『○○カフェ…ああ、打ち合わせをしたカフェか。』
「大変申し訳ないんですが当店での保管期間が本日閉店までとなっておりまして、それ以降ですと近くの交番に届ける決まりになっているんですが本日中に取りに来て頂く事は可能でしょうか?」
『ちなみにそちらは何時まで営業してますか?』
「22時までです。もし本日中にご来店可能でしたら他のスタッフにも伝えておきますのでいつでもいらしてください。」
『ご丁寧にありがとうございます。では本日中に伺わせて頂きますのでよろしくお願い致します。』
最後に名前と連絡先を聞きそのまま終話ボタンをタップし、忘れ物ボックスに入れ戻し報告ノートに記入するのを忘れていたためペンを走らせる。
‘○/○ スマホのお忘れ物 / ご連絡有 本日中に取りに来られるそうです。’
***
他店からの応援に来てくれたエリアマネージャーが「2人でよく乗り切ったね」と店長と私に飲み物を奢ってくれた。
人手が足りない時に限って毎時大忙しなのはどこも一緒だと思うが、そんなまだディナータイム(といっても結局カフェディナー)も残ってる。この人数で回せるのか不安でしかない。この3人で最後まで乗り切るほかがないのだからため息を皆でついたとしても、この状況が変わることは無い。
腹を括って挑むことを3人で決意。
気合いを入れ合い持ち場について直ぐ、自動ドア越しに全力で走ってくる男の人の姿が見えた。遠目からでもわかる、かっちりとしたスーツを纏ったその姿でしかも革靴で全力疾走するなんてすごくない?一体この人の身に何があったというんだろうか。
あれ、こっちに真っ直ぐ走ってくる。
そんな事を思っていたら店の目の前にまでその男の人は迫って来ており、自動ドアが稼働し開きかけたが全力疾走していた足は止まらず、その僅かな隙間に体を横にして入り込んで来る。ガガガ、と自動ドアに足をぶつけながら、ようやく開ききった自動ドアに解放され、そのまま一直線上にある注文カウンターに突撃してきた。幸いにもお客様は並んでおらず巻き込まれることも無かったが顔を上げることも出来ず息も絶え絶えのこの男の人にとりあえず声をかける。
「ご、注文ですか…?」
「こけおいん忘れ物が有っち聞いて取りに来たんじゃが!」
「お、おお???」
顔を勢いよく上げられた瞬間褐色のイケメンでちょっとときめいた。が、何を言っているか分からない。え、日本語…?
もしかしてかなり訛りのきつい方言…?え、待って聞き取れなかった。最初の「こけ」しか分からなかった。苔?
「あいがなかと困っど!はよ返してくれ!」
「えっあ、や、あの…?」
「ないをしちょっど、はよ返せちゆちょっじゃろう!」
「……みょうじさん、もしかしてスマホの主じゃない?」
流暢な方言は私にはわからない。助けてぇ〜と思っていたら店長が思い出したかのようにそう告げた。
すると褐色のイケメンは「そうじゃ!」とようやく通じたので喜びから大声を上げたがここは店内である事を忘れないでほしい。
バックヤードからスマホを持って現れるともう1人スーツの人が増えていた。
「遅いぞ月島!」
「貴方が早いんですよ。そんなに慌てなくてもスマホは逃げません。」
「鶴見どんの写真が見れんな落ち着かん!」
「あの、お電話くださった月島様ですか?」
「えっああ、はい。俺が月島です。お忙しいところ騒がしくしてしまい申し訳ありません。」
「こちらがスマホです。ご確認ください。」
褐色イケメンに手渡すとすんごい嬉しそうにスマホを抱きしめて喜びにうちひしがれていた。
「次回からお気をつけ下さいね。最近はなにかと物騒なので。」
「す、すんもはん…」
「月島様、申し訳ありませんが先程頂戴したご連絡先とお名前が間違っていないかの確認だけ宜しいですか?」
「そうですね、免許証でいいですか?電話番号はこれです。」
シュンとした褐色イケメンを横目に月島と名乗る男の人が自身の財布から免許証を取り出し、スマホでマイページの電話番号を提示してくれた。
確認が取れたのでもう大丈夫ですよ、と伝えると本当に申し訳なさそうに何度も頭を下げる月島さんとその隣で先ほどシュンとしていたのは嘘だったの?ってくらい元気になった褐色イケメン。もしかして、月島さんってこの人の保護者?
自動ドア越しにまた一つ頭を下げた月島さんに少し同情した。なんか人手不足だった今日の私たちよりも彼の方がもっと大変なのではなかろうか。
「店長、」
「わかる。俺たちはまだ頑張れる。」
「あの人疲れた顔してたね〜」
「負けず劣らずマネージャーも疲れた顔してますよ。」
「みょうじちゃんって時々酷いこというよね。」
「今日はチーム疲労困憊の結成日ですね」
「勝手に入れられてる月島さんが可哀想だよな。」
「店長も入ってますよ」
「俺もなの?俺そんなに疲れた顔してなくない?」
「常に目が死んでますよ、なんとかこの世を生き抜いてほしいって思うくらいには。」
「はは、減給してやるからな。」
「店長にそんな権限ないんじゃないですか?」
「私からも本社に伝えとくね」
「ごめんなさい。」
痛いお返しが待っているだなんて、チーム疲労困憊を馬鹿にするんじゃなかった。「冗談だよ」と笑う2人ではあったが正直顔が2人とも疲れきってて目が笑えておらず冗談に聞こえなかったのは黙っておく。