手繰り寄せられる様に私の手を引く彼らに全てを委ねても良いのかもしれない、そう思い始めたのは一体いつだったか。

ゆっくりと目を開くと似てはいるが、見慣れない天井が目に入った。ここは何処だろう。体に力が入らないようで起き上がろうと思っても手が布団の上に転がるだけだった。目だけをキョロリと動かすと障子が見える。ここは何処だろう。

私は何故ここにいるのか。考えるとチクリと頭痛が起こり視界が歪む。


「…ここ、」


どこだろう。

目を閉じて思い出そうとするが脳裏に張り付いているのは暗闇だけ。
何も思い出せなくて心の中はただただ虚無と脱力に包まれ何かをする気も起きない。そう、体を起こす事さえしたくない。
もうこのまま何も考えずに暗い思考の海に溶けきってしまいたいとさえ思う。


「名前ちゃん」


真っ暗な冷たい世界の中にポタリと落とされる音が私の胸を暖かく包み込む。
閉じたはずの瞼を再び開けるとそこに居たのは包帯の忍者。

その現実に驚いて慌てて飛び起きるがその体は彼の腕によって阻まれ再び布団の中へと押し込まれてしまった。


「…なん、で貴方がここに…」

「覚えていないかい?ここはタソガレドキ城の忍び用の屋敷だよ。君は私に保護された身さ。」

「保護?なんでそんな余計な事を…私は、わたしは稗田さんの元にいられたらそれで、」

「“幸せ”だとでも?」


冷たい目が、私を見下ろし嫌な汗が額を伝う。
何がどうなって今私はここに居るのかもわからなくて、ただただ助けてくれた稗田さんやドクタケの忍びの人たちを思い浮かべてしまう。
それを察したのかまた一つ大きく私を睨みつけ息が止まりそうになる。


「君にとっての幸せは毒だというのを知っているのかい?」

「それは、」

「もう一度言うよ。ドクタケは君を利用する為だけに優しくしていたんだよ」

「……そう、ですか。」

「君が意識を失う前に見た幻覚が何よりの証拠だよ。」

「…そんな事だろうとは、思ってました。利がなければ誰も私なんて、」


見向きもしなければ存在すら目を閉じて知らぬ顔を決め込むんだから。


「それでも、私は幸せだった。忍術学園に居ても私とああして話してくれる人は居なかった。だから、私にとってドクタケの人達が害悪だとしても、私はそれに蓋をして素知らぬ顔をし続けるんです。」


見て見ぬ振りをされてきた。
それをそのまま真似をしただけ。
そうすれば稗田さんは私の欲しい言葉と行動を私に与えてくれる。それだけで私には十分だ。

ここはとても暖かい。
誰も私を傷つける人も居ない。そう思い込めば裏で稗田さんが何かをしようが興味がない。
ただただドクタケの人たちからの優しさが欲しい。


「彼らは、私を一度も天女と呼ばないんです。それだけでどれだけ救われるか、貴方達は分かっていない。」

「…ああ、分からないよ。君がどれほど苦しんでいるかも何を望んでいるかも。なにもわからない。」

「貴方のその言葉の続きを言ってあげましょうか。“自分たちだって天女に苦しめられたんだ。”でしょう?飽きるほど聞きました。耳タコですよ。」

「私がそう言うとでも思っているのかい。」

「思われないとでも思っていますか」

「名前ちゃん、私は、」

「私は何もしていないのに、貴方達は平気な顔をして道具を振りかぶる。」


キロリ、目の前にいる包帯の忍者をひとつ睨む。


「名前ちゃん、君は知っていたのだろう…ドクタケに利用されるという事も全て。」

「…雑渡さん、お願いです。私をドクタケに帰してください。」


あそこ以外、生きる場所がない。
そう伝えた時微かに彼の瞳が揺れたのを私は見て見ぬ振りをした。