08


頭がクラクラする夢なのか現実なのかも分からない状態ではあるが外の音や私が殴られてからの白い妖怪のやり取りをしっかりと機能した耳だけが状況を脳に送り届けてくれる。
何かが抉れるような盛大な音と地響きでようやく意識もはっきりとし、霞んでいた目もちゃんと開いてきた。だがまだ痛む頭をさすりあたりを見渡せば横では珊瑚ちゃんと小春ちゃんが気を失っていた。珊瑚ちゃんを揺さぶってみたが反応が無く、もしこんな所で先ほどの妖怪が現れたらどうしよう、今度は殴られるだけじゃ済まないかもしれない。タックルしか能の無い私があんなのに果たして勝てるのか、否勝てない。勝てるわけないだろう。私も操り人形になるのがオチだ。

「頼むよ起きて珊瑚ちゃーーーん!」と叫ぶとふんわりと血の臭いが家の外の方からした。家内の事は耳でしっかり聞いていたから分かるけど外では何が起きてるのかわからない。コソコソ隠れながらではあるが抉られた岩陰から覗くとそこにはあの神楽と白い妖怪、そして黒い髪をした男の人が立っていた。飄々と立つ三人と、対称的に血まみれで倒れている犬夜叉。その彼に寄り添うかのようにかごめちゃんが弓を黒髪の人に向けていた。

神楽は分かる、この前のゾンビ製造機でしょ。あとの二人は誰?新たな敵?ぼーっとする頭をフル回転させて今の状況を理解しようとするがやはりよく分からない。彼らは四魂のかけらがどうのこうのと言っているから、また四魂のかけら関係のお呼びでないお客様なのだろう。不意に黒髪の人が掌を開けるとそこにはほぼ玉の状態になりつつある四魂のかけらがあった。


「なまえ。」

「っ、!」

「そこにいるのだろう、出て来い。」


急に呼ばれる私の名前にまたしても驚いて声が出ない。
何故私を知っているのか謎が謎を呼び迷宮のラビリンスに迷い込んでしまった私に彼は一言だけ言った。一部だからだと。白い妖怪にも言われたその言葉に疑問符が飛び散る。


「私が一部…?」

「何を根拠になまえさんがあんたの一部なのよっ」

「聞こえんか、声が。貴様を呼ぶ声が。」


この村を出ようとした時誰かに呼ばれたのを思い出しドキリと心臓が大きく脈打ったのを感じた。


「し、知らない。私はあなたの事知らない…!」

「姿は違えどわしと会っている。忘れたか?崖から飛び降りただろう?」

「まさか、あなたが奈落…」

「フ…。もうすぐだ…もうすぐ完全な玉になる。」


私の動揺なんて気にもせず彼はかごめちゃんに向き直りニヤリ笑う。首を締められた時の恐怖が蘇り冷や汗が止まらない。弥勒さんが私の背中を摩って、そこで初めてきちんと呼吸が出来ていなかった事を知る。

桔梗という人が奈落に四魂のかけらを渡したのだと聞き、馬鹿な奴と罵る奈落に憤慨したかごめちゃんが怒りの矢を放つ。けれど白い妖怪(神無という名前らしい)が持っていた鏡によって放たれた矢は飲み込まれてしまった。どうやら彼女の持つ鏡は不思議な力を持っているようで、鏡の先にいたかごめちゃんを映したかと思うとかごめちゃんの体からブワリと何かが溢れそのまま鏡の中に吸い込まれ始めた。


「か、かごめちゃん!?」

「おいおいどこ行くんだなまえ。あんたはこっち側だろ?何犬夜叉どもを心配してんだ?」

「どういう事なの!私はあなたたちの事なんてこれっぽっちも知らないのに!」

「ふーん。まぁどのみちあんたはアタイらからは逃げられないんだ。精々束の間の自由を堪能するといいさ。」


苦しそうにするかごめちゃんに駆け寄ろうとすると神楽がその先を阻むように立ちふさがり閉じた扇子の先で私の肩をポンと軽く叩きニヤリと笑う。その笑みを見た時本能的に私はこの人たちからは逃げられないのだと感じ恐怖に足が震えた。

ピシッ、小さな亀裂音が耳に入りその音の根源を見遣ると神無の持っていた鏡で遠目からでも分かるくらいにカタカタと震え始めていた。その鏡を抱えた神無がなにかを呟き私を捉える。


「なまえ、待ってる。」

「、え?」


私を視界に捉えたまま神無がズイ、と鏡を掲げるとその鏡から無数の光が飛び出し次々村人やかごめちゃんたちの体に入って行く。


「忘れないで。あなたは、一部。」

「待って…!」


光が全て鏡から出たのを確認し、すかさず弥勒さんが風穴を開き奈落たちを吸い込もうとしたが彼らは意味深に笑い姿を消してしまった。



***



小屋では自身の技を受け倒れる犬夜叉をかごめちゃんが看病している。
私たちはと言えば先ほどあった出来事を話し合っていた。
弥勒さんや珊瑚ちゃん、七宝の視線がとても痛い。私だってなんで奈落の一部だなんて言われているのかも分かっていないのにそんな目で見ないでお願い。


「ねえ、なまえさん。」

「は、はい…」

「奈落の言ってた事なんだけど、あれは…」

「正直わからないです。でも確かに奈落言うように名前を呼ぶ声は聞こえたけど、気のせいだとばかり…」


多分彼女たちは疑っている、神楽や神無が奈落から生まれたように私も奈落から生まれたのではないかと。疑う気持ちは痛いほど分かるが過去を振り返ってみても私は奈落との面識はない。けれどそれを証明出来るものは何もないのだ。


「…ちょっと一人で頭を整理して来る、」


情けない、またしても泣きそうになってしまった自分を奮い立たせ小屋を後にした。後ろで私を呼ぶかごめちゃんと珊瑚さんの声が聞こえたがわざと聞こえないフリをした。
もし私が本当に奈落の仲間だとしたらどうなってしまうんだろう、こんなにもお世話になった犬夜叉たちを敵に回してしまうという事か。何よりも私は、彼らに殺されるのだろうか。

どちらについても殺される事には変わりはない。

ガサガサと茂みをかき分けて腰を落ち着ける所を見つけてからこうして一体どれだけ時間が経っただろう。虚しい気持ちが私を包んで涙を流させる。泣いていても仕方ない事は分かっている、止まってくれ、じゃないと目が腫れて泣いてるのがバレバレになってしまう。そんな私の意志とは裏腹に涙は溢れて止まることをやめない。仕方なく涙を乱暴に拭った。


「はぁ、やんなる…」


ため息ばかりしか出てこない状態だ。
奈落に目をつけられてこうなってしまったんだ、そう思えば仕方ないんだろう。生まれてすぐに施設の前に放置されていたのを施設長である先生が見つけてくれていなければ死んでいたんだ。救われた命、ここで断たれる為に永らえた命だったのか。かごめちゃんたちにどう身の潔白をしたらいいのか分からず脳内はマイナス思考一色だ。まだ希望がきっとある、そうだ。かごめちゃんなら分かってくれるはず。両頬を叩いて空を見上げた。


「ぁ、え…?」


それは一瞬だった。


小さな衝撃が走ったと思ったら腹部に鈍い痛みと共にジンワリとTシャツが湿り出すのがわかる。視線を下げると初めて奈落と出会った時のあの木の触手みたいなものが私の体を貫いていた。


「ぅ、ああああああああッッ!!!!」

「先刻ぶりだな、なまえ。」

「うぐッ、あ゛…っい゛だ、い゛ッ」


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ痛いいたいイタイいたいいたい

イタイ、

体が悲鳴を上げている。
背後からはいつの間に現れたのか、かごめちゃんと弥勒さんが私の名前を叫んでいる。


「奈落っ!なまえさんを離しなさいよっ!」


ドクドクと心臓が痛い程強く早く鳴り響く。目の前は嫌な笑みを浮かべる奈落の手は逃すまいと私を抱き抱える。
腹部からの激痛に額からは玉のような汗が流れ落ちる。




「迎えに来たぞ。」



そう言って私の顔に手をかざた奈落にひどく安堵してしまった。