やんわりと押し付けられるかさついた唇に、玉兎は鳥肌が立った。怖気でも寒気でもない。幸福過ぎて、胸を喰い破られそうなほどの愛おしさが苦しくて。じんわりと、瞳に熱い膜が張っていく。

「⋯⋯玉兎、」

 涙目になって焼け付く溜め息をこぼす彼女に、曹操の心は肌ごと炙られた。就寝の挨拶のみに済ませるつもりだったが、ただ触れるだけの口付けでこれほどの貌をする女に、あっという間に抑えが利かなくなっていく。
 曹操は窺うように、彼女の頬にやっていた手をゆっくりと動かした。首筋を下り、肩を撫で、豊かな曲線を包むように外側から中心に向かって優しく掴み上げる。彼女の身体はどこもかしこもしっくりと手に馴染み、自分のために誂えられたのではないかと思うほどだ。

「ぁ、⋯⋯だめ──です、」

 囁き声で待ったをかけられたが、曹操はとまらなかった。逃げたいのなら逃げればいい。無理な拘束は施さず、言葉ではなく指先で伝える。
 玉兎はそれに身悶えた。逃げたいのに、逃げたくないのに、強引に奪ってくれたら楽なのに。いっそ恨めしくて、甘い快感が苦しくて、激しく息が乱れた。寝巻きの中に手の平が潜ってくる。汗ばんだ互いの肌が吸い付くようだ。下腹にじっくりと手を宛がわれると、男の高い体温に暖められて、性感とは別の心地良さに溜め息が漏れた。
 身体の奥に収まる器官を確かめるように、曹操は彼女の臍から下を入念に撫でさすった。愛撫というより触診のような強さだったが、玉兎は何度もびくついて、下半身にますます熱をこもらせる。

「辛くないか?」
「う、んん⋯⋯ぅ、ん」

 こくこくと頷く彼女に納得して、曹操が本格的に寝巻きに手をかけた──その時。ひ、と引き攣ったような吐息がした。それは間髪入れず、断続的に、そして徐々に大きくなる。

「そうひ、どうしたの、そうひ⋯⋯」

 圧し掛かろうとしていた曹操はかなり強い力で押し退けられた。玉兎はすでに熱が冷め切って、女の顔から母の顔に戻り、息子に夢中になっている。

「曹丕⋯⋯」

 お前、お前というやつは、なんで、せっかく、ようやく、玉兎がその気になってくれたってのに夜泣きをするんだ!!

「おむつ⋯⋯じゃないね。お腹空いた?」

 私も猛烈に、我慢できないくらい腹が減ってるんだが。

 乳を与えている背中に、そう迫ってしまえたらなあと曹操は思う。だがきっと怒りはすまいが困らせるだろう。玉兎のことだ、恥じらいながらも「手か口でよければ⋯⋯」と言い出しかねない。それはそれで嬉しいし大変結構なのだが、自分だけが悦くなっても意味がない。それに、献身的な姿に興奮してけっきょく押し切ってしまいそうな気もする。気もするというかたぶんする。絶対する。だてに数ヶ月禁欲生活送ってない。だからやっぱり我慢するしかないのである。

「あの、⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
「いや、」

 気にするな、とか、お前のせいじゃない、とか。言うべきことは分かっていたが、曹操はついにその類の言葉を吐けなかった。

 ──父の夜は、果てなく長い。






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