むち
玉兎は酒が嫌いである。
飲めないわけではないが強いというほどでもない。しかしそれが理由で嫌いなわけではなく、酒宴はむしろ好きだった。酒の席の賑やかさも、上がる笑い声も、酌に回るのも好きだ。酒宴の最中、鉄扇を手に舞うこともあれば、たまに剣舞なんかも踊る。もちろん相手は若虎だ。主がとくに喜んでくれるので、酌も踊るのも好きだった。だがしかし酒は嫌いである。
「玉兎──」
「なんですか」
「こちらへ来い」
赤ら顔でゆらゆら手招く孫策に、玉兎は顔を顰めた。渋る彼女に、酌を受けていた孫堅はからから笑いながらその細腰を叩いた。
「行ってやれ。お前の夫が呼んでおるぞ」
「でも⋯⋯」
言ってもなお渋る彼女に、孫堅はうんうんと頷いた。気持ちは分かる。分かるが、仲良きことは良いことである。
「待たせると余計箍が外れるぞ、あれは」
仕方なく玉兎は席を立ち、孫策の隣に座──ろうとして、思い切り腕を引かれた。厚い胸板に真正面から突っ込んでしまい、目を白黒させているうちに膝の上に抱え込まれている。
「ちょっ、と、孫策さま⋯⋯!」
「うーん⋯⋯」
孫策は玉兎の身体をがっちり抱きこむと、彼女の肩に擦り寄った。若虎どころか喉を鳴らす子猫のような有様で、玉兎が身体を捻っても捩ってもお構いなしである。
「放してください!」
「いやだ」
ぐずる仕草は完全な酔っ払いだ。
「睦まじいのう」
「さようで」
「ワシも妻が恋しくなるわ⋯⋯」
悄然と言う孫堅も、ついでに応えた黄蓋も赤ら顔である。他の者も似たようなもので、酔って色々ゆるゆるになっている。もはや誰もとめる者がいない中、玉兎には危機が迫っていた。
「ちょっと! やめてください!!」
「よいではないか」
よくない! と叫ぼうとした玉兎は、咄嗟に口に手を当てて声を抑えていた。孫策が裾から手を入れてきたのだ。逃げようと暴れたせいで乱れた着物が、孫策の手によってさらに乱されていく。
「お戯れもいい加減に⋯⋯!!」
「お前は本当に可愛いな」
耳に低く囁かれ、玉兎の肩が跳ねた。孫策は首をすくめて縮こまった彼女の項に甘く噛みつき、嘗め回し、存分にその肌を味わっていく。
──これである。
玉兎はこれのせいで酒が嫌いだ。そして酒席では酒を口にしないようにしている。「俺の酒が飲めないのか」とごねられて飲んでしまったときに酷い目に遭ったからだ。酔ってしまって碌な抵抗も出来ぬまま、気付いたら半裸に剥かれていた。そのときはさすがに周瑜がとめてくれたが、下手すると最後まで持ち込まれているところだった。
「やめてくださ、っ、ぁ⋯⋯!!」
顎を取られ、口を吸われる。呼吸を求めて開いた唇に、熱い舌が無遠慮に潜り込んでくる。
「──玉兎」
口付けの合間に呼ばれ、玉兎は反射的にきつく瞑っていた目を薄く開けた。
「ぁ、⋯⋯っ」
熱を宿したその瞳に深く深く覗き込まれると、心も身体も理性を裏切り、あっという間に陥落していく。人目のあるこんな場所ですら昂ぶり始める自分は、もしかしてとんでもない淫乱なのではないか。恐怖と不安が押し寄せて、羞恥や怒りや何やらで一杯一杯だった玉兎の涙腺がとうとう決壊した。
「おい──待て、泣くな」
さめざめと泣き始めた玉兎に、孫策は慌てて顔を離した。さすがにこういう泣き方をされると興奮よりも罪悪感のほうが先に来る。
「分かった、もうしないから、頼むから泣くな」
孫策は彼女の目尻を指で拭いながら、そっと辺りを窺った。まだ誰も気付いてはいないが、おそらく時間の問題だろう。父にバレたら女を泣かせるなど云々言われかねない。いや、自分が悪いので言われても仕方はないのだが。
「なんで、こんなっ、こんな場所で⋯⋯どうして⋯⋯!」
うめくように言う玉兎の頭を胸に抱え込んで黙らせると、孫策は彼女を連れて密やかに酒席を離れた。泣き止ませるために──だがしかし彼女が泣いた理由を知って結局さらに啼かせることになるわけだが。
攻撃力26 麻痺発生率50%