ビーストキラー
満ちた月を背負い、蒼い窓辺に彼女はいた。月の燐光に淡く輪郭を溶けさせて。それは窓枠を額縁に、まるでよく出来た墨画のようだ。
孫策は幽玄めいた美しさに感嘆の息を吐いて、彼女を肴に飲もうと思い立ち、一度部屋を後にした。
「玉兎」
「はい、なにか⋯⋯」
酒と酒器を手に戻った彼に、玉兎があからさまに顔を顰めた。予想通りの反応ではあるものの、お小言が来るな、と孫策は少々げんなりしないでもない。せっかくの美酒が不味くなるとまでは言わないが、気分が傾くのは確かだった。まあ酒絡みで彼女が良い顔をしないのは自業自得であることも分かっているから、そこは飲み込むことにする。
「孫策さま、寝酒は──」
「そう目くじらを立てるな⋯⋯。一杯だけだ、付き合え」
言っても、むうと難しい顔をしている。
「⋯⋯信用ならんか?」
まあならんよな、と自分で思う。酒の勢いで散々無体を働いている侠の言葉など信用に値しない。
「⋯⋯本当に一杯だけですよ」
それでも折れてくれる玉兎はなんだかんだ自分に甘いよなあ、と孫策はやはり思った。
了承を取り付けたので玉兎の隣に腰を落ち着け、酌をしようとする彼女を制し、自分で注いだ。どうせ一杯だけだ。
右に杯を、そして左でぐいと玉兎の身体を抱き寄せる。墨画のような光景を、と思っていたが、よく考えたらこれでは月が肴である。しばし黙って考え込み、孫策は彼女の懐に手を忍び込ませた。肩が揺れ、呆れたような溜め息。しかし反応はそれだけで、たわわな胸の感触を楽しむようにやわやわと揉んでも捏ねても大人しくしている。
「なんだ、珍しいな。怒らんのか」
信用ならないかと訊ねて舌の根も乾かぬうちにこれなのだから、心底呆れたのだろう。分かっているが、そこは都合良く無視しておく。
「このようなことを人前でされれば怒るのは当たり前でしょう」
「人前でなくとも、いつも嫌だのやめてだの言っているだろう」
「それは⋯⋯」
あまりにも恥ずかしいことを言われたり格好をさせられたりするときはさすがに本気で嫌がっているが、基本的には反射的に口を突いて出るだけだ。触れられること自体が嫌というわけじゃないと分かっているくせにこういう言い方をするのはズルいと思う。
「⋯⋯意地の悪いお方」
「拗ねるな」
喉を鳴らして笑い、孫策は細い肩に鼻先をうずめた。女の甘い香りが酒よりもよほど芳しい。
「俺だって不安になることくらいあるんだぞ。あまり嫌がられるとな」
「そう思うのでしたら人前でこういうことをなさらなければよいだけです」
「二人のときの話だ」
それはどこか甘えるような口調と手付きに感じられた。無遠慮に胸をまさぐられているのに払いのけてやろうという気にもなれず、幼い子どもに甘えられているような心地で、玉兎はそのまま好きにさせる。
「⋯⋯だって⋯⋯恥ずかしいのはいやです⋯⋯」
顔を背けつつ、玉兎はぽそぽそと言った。
羞恥に昂ぶっている自分の身体をまざまざと自覚させられ、それがどうしても受け入れ難い。なのに、居た堪れなくて逃げ出す身体を捻じ伏せられて導かれるのが堪らなく気持ち良くて、自分はやはりとんでもない淫乱なのではないかと怖くなる。
「俺を意地悪くさせているのはお前自身だと少しは自覚することだ」
胸をまさぐっていた手が一度離れ、帯を解かれた。ふたたび元の位置に戻ってきた手と、それから鼻先が着物の衿をずらして中に潜ってくる。
「でも、恥じらうわたしも好きでしょう?」
どうにか反撃したくて、玉兎は首や肩を甘噛みされてもなんとか冷静を装ってそう答えた。
「ああ、呆れるほどにな」
あっさり肯定されてしまって二の句が継げない。彼女がまごついているうちに、孫策はこれ以上の反撃を許さず畳み掛ける。
「お前が、俺の前でだけ淫らに踊る事実を思うと堪らん」
「ひゃっ!?」
いきなり胸の突端を摘まれて玉兎は裏返った悲鳴を上げた。気付けば、彼はすでに酒を飲み干して杯を放り出している。両手が自由になった孫策は、もう遠慮はないとばかりに暴いてきた。衣紋を掴まれて下に強く引かれると、簡単に半身が剥き出しになっていく。形だけの抵抗を見せて、玉兎は息を乱した。若虎が、この身体に喉を鳴らして目をぎらつかせている。それだけで興奮した。
「──や、」
「やはり嫌か」
夜目にも白い女の肌が、孫策を強烈に誘う。月光に、仄白く光を放っているような身体は、蜜のように甘い。舌が臍のほうへ降っていくごとに玉兎は身を捩り、やはり嫌だのやめてだの譫言のように繰り返していたが、しかし本気の抵抗でないことは孫策も分かっている。
「孫策さま、⋯⋯っ」
目にも鮮やかに、羞恥に染まる彼女の眦が、萌え出る桃の花のようだ。
「⋯⋯華は恥じらってこそ、か──」
孫策は陶然と呟き、戯れめいた足掻きを軽くあしらって、つ、としなやかな脚の間を指でなぞる。秘められているからこそ増す魔力は、姿は見せずに匂い立つ花の香によく似ていた。
「おねがい⋯⋯いじわる なさらないでね⋯⋯」
孫策は、潤んだ瞳と甘えた声で訴えてくる玉兎に熱っぽく笑いかけてやり、
「善処はする」
気の触れそうなほどの情動に急かされて、熟れた花実に喰らい付いていった。
攻撃力72 麻痺発生率50%