りゅうのひげ
孫策は酒乱である。
いや、孫策はというより孫の一族は酒乱の気があり、父の孫堅も若い頃は酒乱だった。さすがに歳を重ねるごとに節度を覚えて収まったものの、まだやんちゃ盛りの孫策はしばしば悪酔いしては主に四騎衆と周瑜と玉兎を困らせていた。べろべろに酔ってなお「まだ飲める」とのたまい、誰彼に酒を勧めては「俺の酒が飲めないのか」と絡むのだ。
「若殿様、もうおやめになったほうが⋯⋯」
「おれはまだのめる!」
その日の酒宴でも孫策は酔っていた。すでに顔は真っ赤になって目も虚ろである。
「殿もとめてください⋯⋯」
周瑜はげんなりと、唯一友をとめられる侠を振り返った。が、孫堅は苦笑しただけで、ちびちび酒を舐めながら視線を逸らしてしまう。
「まあよいではないか⋯⋯。そのうち嫌でも節度を覚えねばならなくなるのだからな⋯⋯」
自分も若い頃は似たようなもんだったから偉そうなこと言えないんだよなぁ⋯⋯という彼の胸の内を知っているのは古参のみである。ちなみに孫堅がはっきりと節度を覚えたのは悪酔いが過ぎて妻に張り倒されたからだった。まあ配下の前で公開セクハラかまされたら、拳が出るかどうかはともかく、誰だってキレるだろう。そして息子の悪酔いが自分とタイプがまったく同じなので、玉兎に張り倒されれば孫策も節度を覚えるだろうと孫堅は無責任に思っている。
その玉兎はといえば、自分の影に器用に隠れて酌をしてくれている。絡まれると面倒なのは他の者の比ではないので賢いといえば賢い。
「もうやめろ、孫策。さすがに飲みすぎだ」
「おまえ、おれのさけがのめないのか」
周瑜もとめるが右から左だ。
「玉兎、お前もとめてくれ。私だけでは手に負えん」
──ので、けっきょく玉兎が引っ張り出されることになった。彼女は目顔で孫堅を窺い、彼が頷いたのを見て、渋々、本当に嫌々といった感じで腰を上げた。
「⋯⋯孫策さま、もうおやめになってください」
「おお、玉兎、のんでいるか」
「もうたらふく飲みました。孫策さま⋯⋯これ以上はお身体に障りますゆえ」
「おれはまだのめるぞ! おまえものめ!」
「孫策さま──孫策さま、もうお部屋に戻りましょう⋯⋯」
「もっとさけをもってこーい!」
聞いちゃいねえ、と周瑜は額に手をやった。大笑いしている孫策に溜め息をついたのは彼だけではなかった。
「⋯⋯わたしより酒のほうが恋しいと見えますね、ひどい人」
その言葉で、孫策の目の色が変わった。周瑜もおやと玉兎を見る。彼女は大袈裟な素振りで口元を袖で覆ったかと思うと、ふいと背を向けてゆっくりゆっくり歩き出した。
「そんなに酒がお好きなら、酒と結婚なさればよろしかったのに」
芝居がかった口調だが、酩酊している孫策にはそんなの分かるわけがない。杯を放り出すと千鳥足で玉兎を追い、がばりと彼女の肩を抱く。
「おまえは ほんとうに かわいいやつだな」
すこぶる機嫌良く言いながら孫策は玉兎の身体にしな垂れ掛かり、肩を借りる形でふらふらと引き上げていった。それを見送った周瑜は彼女の見事な手際に感心しきりだった。
「⋯⋯扱いが上手くなったものだなあ⋯⋯」
「ええ、まったく⋯⋯」
どこか呆然と言った黄蓋に同意しつつ、周瑜も同じことを思っていた。孫策はもうヤル気満々といった感じだったが、床に入ってしまえばおそらくあのまま潰れるだろう。
「魔獣使いとはああいうのを言うのですかねぇ⋯⋯」
相手は若虎の名を冠する侠であり、猛獣どころの話ではない。それを夫に持つと、初心なあの女でもこうも逞しくなるのか。いや、もともと心身共に強かな女ではあるのだが。
感慨深げにしみじみと呟いたが、さほど興味も持たず、周瑜は黄蓋と一緒に人の輪の中に戻っていった。
攻撃力92 麻痺発生率50%