つるぎのまい
鍛錬というものは真剣になればなるほど怪我も増えるのが常だ。武に優れた者であれば尚更のことで、より苛烈なものとなる。その日、父の孫堅が久々に手合わせに付き合ってくれたことに喜んで、孫策はらしくなくヘマをした。腕に負った手傷を玉兎に手当てされながら、むっつりと黙り込んでいる。浮かれていた自覚があるので余計にバツが悪い。
「⋯⋯お気持ちはよく分かりますが、お願いですから、あまり無理をなさらないで」
「無理などしていない」
ぎゅっと包帯を止めながら言う玉兎に、孫策は間髪入れず返した。
事実、無理などしていない。本当に浮かれていただけである。だからこそ心配されると尻の座りが悪くて堪らない。
「⋯⋯孫策さま⋯⋯」
玉兎は包帯の上から傷を撫でていた手をとめ、半目でじっとりとその精悍な横顔を見つめた。一秒、二秒、三秒、四秒⋯⋯。
孫策は頑張った。十秒も耐えたのだ。だがついにぐいと顔を背けた。
「分かった、分かった⋯⋯。分かったから、そう睨むな⋯⋯」
辟易した表情でそう言うので、玉兎はもう首を横に振るしかない。
「わたしがどれだけ心を砕いても、あなたには届かないのですね。煩わしいだけでしょうからもうやめます。失礼します」
すいと立ち上がり、玉兎は一礼して背を向けた。これには今度は孫策が呼び止める番だった。
「っおい、待て」
「はあ、なにか」
「怒るな⋯⋯。お前の気持ちを蔑ろにしようというつもりはない」
「さようですか」
これ以上、言葉を交わす気はないらしい。玉兎は頷きつつも歩き出してしまったので、孫策は慌てて細腕を掴んだ。
「だから待てと言っている」
「まだなにか?」
思った以上に臍を曲げてしまった彼女に困って、孫策は縋るように肩を抱いた。
「頼むからそう怒るな。⋯⋯お前にあまり心配されると格好がつかんということを分かってくれ」
「どうだか。人目のない場所でもあなたはわたしの心を慮ってはくれないではないですか」
「⋯⋯だから⋯⋯」
孫策はむぐむぐと歯切れ悪く詰まり、
「周りの者にだけではない。侠は惚れた女の前では格好をつけていたいものなのだ。それくらい分かれ、馬鹿者」
「分かりません。わたしは女ですので」
「お前──」
こいつはまったく、都合の良いときだけ女になりやがる。
「だからちゃんと言葉にしてください。まだわたしを想ってくれているのなら。邪険にしておきながら、言わずとも分かるだろうなんて勝手すぎます」
彼女がこのように言葉を欲しがるなど本当に珍しい。
驚きと、そこまで不安にさせる言動をしていただろうかという懸念と、抑えられない愛おしさが一気に来て、孫策は辛抱堪らず柔らかな身をがばと肩に担ぎ上げると、ずんずん歩き出した。
「ちょっと、なにを⋯⋯!」
「ねだったのはお前だろう。安心しろ、骨の髄まで分からせてやる」
「そういうことではありません!!」
暴れ出した玉兎の尻をいやらしく撫で回しながら、孫策は呵々と笑った。
「期待してくれていいぞ。飽きるほどに言葉も身体もくれてやるからな」
孫策は寝台横の卓上に灯りを燈しながら、我ながらよく抱いたなと思っていた。玉兎を寝台に引きずり込んだのは陽が頂点にも差し掛からぬ時刻だったが、すでに夜の帳は降りきって真っ暗である。さすがに少し疲れた。身体が心地好く重い。
「⋯⋯飽きるほどにと言いました」
背後に、か細く掠れた声が掛かった。振り向いてみれば、ひどく憔悴した顔で玉兎がぼんやりと横になっている。
「⋯⋯まだ足らんか?」
孫策は答えながら寝台に戻り、もぞもぞと玉兎の身体に圧しかかった。疲労はあるし撃ち尽くした感がなくもないが、まああと一戦程度なら可能だろうとその甘い肌を探り出す。
「そういうことでなく」
呆れ半分迷惑半分といった表情で玉兎が肩を押してくる。
「あなたはわたしを見くびっておいでです」
「なんだ、搾り取る気か? 構わんぞ。受けて立ってやる」
「ですからそういうことでなく」
いやこれはどう読み取ってもそういうことだろう。孫策は手に手を掛けてくる玉兎を無視して、ゆっくりと下肢に向かって愛撫を広げていく。
玉兎はもはや諦めたのか、それとも抵抗する気力も果てたのか、静かに目を閉じて溜め息混じりに言った。
「わたしを飽きさせるなど、あなたには一生かかっても無理だと言っているのです」
「⋯⋯⋯⋯強烈だな」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯冗談でしょう」
健気な告白に、性懲りもなく股座がいきり立つ。玉兎は顔を引きつらせているが、そんなことは孫策には関係ない。
というか、そもそも。
「俺を歓ばせることを言ったお前が悪い」
「さようですか⋯⋯」
完全に諦めきった声で、玉兎はその広い背によろよろと爪を立てた。