ミステリー・ワルツ
太史慈とその配下を仲間に加えた日の夜、酒宴が開かれた。野外で火を焚き、それを囲んで酒盃を回すだけのささやかなものだったが、その心遣いが太史慈らには嬉しかった。荒れた江東を平定するという大仕事はまだ始まったばかりであり、昼間の強襲を思えば酒宴などやっている場合ではないのだ。それでも、新たに家族が増えたのだからと少々無理を押しての宴であった。
「どうぞ、太史慈さま」
「む、これはかたじけな、ぃ⋯⋯!?」
そんな宴のさなか、酌をしに来た女に、太史慈はぎょっとして思わず尻をにじっていた。君主の傍に仕える女だったからだ。自分のような新参者相手に、わざわざ席を立ってまで酌をしに来るような立場ではない。
「な、なにを」
「酌ですが」
不思議そうに首を傾げる様は小鳥のようだ。
「そっそうではなく⋯⋯お前は孫策様のお相手をされなくてよいのか?」
「かまいません。無礼講ですし」
言いながら、彼女は自分の配下たちにまで酌をしている。狼狽えつつもそれを受ける彼らが弱った顔でこちらを窺ってくるので、太史慈は言葉を重ねた。
「いや、そうは言っても、しかし⋯⋯」
「玉兎、困らせてやるな。こちらへ来い」
──と、見かねたのか、あるいはべつに思うところがあったのか、孫策が彼女を呼び戻した。彼女が渋々といった様子で孫策の傍に戻ると、彼は杯を片手に女の身体をがっしりと掴み寄せ、肩を抱くようにしてその懐へ手を忍び込ませた。機嫌良さげに柔肌をまさぐり、女が嫌がって身を捩ってもお構いなしだ。
もしかして酒癖も女癖も悪いのか。
太史慈が些か心配になっていると、近くから声が掛かった。
「放っておけ、いつものことよ」
「うむ。今日も仲睦まじく、なによりだ」
「あの様子なら、近々また子を成されるやもしれんな」
「結構なことだ。殿もお喜びになられよう」
四騎衆は口々に言い、まるで気に留めず酒を煽っている。というか、彼らだけでなく、誰も気にしていない。本当にいつものことなのだろう、が⋯⋯それ以上に引っかかった言葉があった。
「黄蓋殿⋯⋯あの⋯⋯まさか、私に酌をしに来た御方はもしや⋯⋯」
太史慈は冷や汗を掻きながら、恐々と訊ねた。
「ああ、そういえばまだ戦装束の姿しか見ておらなんだったか。あれは若殿様の奥方で、名を玉兎という」
なんということもなくそう答えられ、太史慈は愕然とした。君主の妻に酌をさせるなど普通では考えられないことだ。しかも知らなかったとはいえお前呼ばわりしてしまった。もしかして配下に加わって早々、首刎ねられるんじゃないか。
「気にするな。平民出ということもあるのだろうが、実に気さくな娘でな」
「そういう、上にも下にも分け隔てないところも兵や民に慕われている所以だな」
「玉兎に無礼を働かれても、玉兎本人が許したのならば何も咎めぬ若殿様の度量も然ることながらな」
黄蓋に続き、他の三人も頷きながら言った。その視線は玉兎に向いている。いまだべたべたと孫策に引っ付かれ、それでも酌を──もう酔い潰してしまえと言わんばかりの勢いで──している。
「⋯⋯ますます殿に似てまいられたなあ」
「ああ。奥方への絡み方など本当に瓜二つ、まさに生き写しだ」
「まあ仲が良いのであればそれで構わん」
「まっこと、その通り⋯⋯」
なぜかひどく遠い目になった四騎衆を眺め、なにやら苦労があったのだろうと察した太史慈は、黙ってそろそろと杯を傾ける。
昔の人は言いました。君子危うきに近寄らず。触らぬ神に祟りなしなのである。