公孫瓚がその者を見たときの第一印象は「綺麗な侠だ」というものだった。
 孫堅将軍の嫡男・孫策の後ろに、物静かな侠が二人。そのどちらもが美貌を持っていた。孫策と、後ろに控えるうちの一人、軍師の周瑜もなかなかの美丈夫だと感じたが、その者は系統が違った。中性的な、侠とも女ともつかぬ顔で、陰気で冷たい雰囲気の侠だった。結束が固く和やかな空気で包まれた孫軍の中にあって異様に浮いているせいで、目に入ると否応なしに気にかかった。物静かを通り越して不気味な沈黙を保ち、抜き身の刀身のような妖しさを漂わせていた。兵士たちもあまり近寄らぬようにしているのが見て取れたが、しかし孫堅の腹心だという。彼ほどの侠が傍に置くのだから、信頼できる侠ではあるのだろう。
 しかしどうにも気にかかり、それとなく孫の兵卒に尋ねてみると、曰く、戦いしか知らぬ侠だという。さらには物凄く気難しく、誰彼に噛み付く狂犬だと。そして最後に、どうか近寄らぬようにと忠告を受けた。孫の一族とその配下以外にはどんな無礼を働くか分からないから、と。

 そんな侠が連合軍で問題を起こさずやっていけるのかと、公孫瓚は先行きが不安になった。これから共に命を預けて戦おうというのに内部で問題を起こされたら堪ったものではない。孫一族が上手く手綱を捌くだろうと考えつつも、公孫瓚はその侠の動向を油断なく警戒していた。だが彼は天幕に篭もりきりで、ほとんど外へ出てこない。臥せっているのかと違う意味で気にかかるようになった頃、公孫瓚は野営地で懐かしい顔に再会した。弟弟子の劉備である。
 互いに再会を喜び合っていると、劉備がふいに自分の後ろに視線をやって目を輝かせた。公孫瓚は振り向き、そして思わず僅かにたじろいだ。そこに立っていたのは、あの侠だった。

「玉兎!」
「お久しぶりです、劉備さま。関羽さま、張飛さまも。お元気そうでなによりです」
「ああ。お前も息災のようでなによりだ」

 静かに頭を下げた侠へ親しげに話しかける劉備に、公孫瓚は二人の間で何度か視線を行き来させた。

「お前たちは知り合いなのか?」
「うん。実は長沙に招かれたことがあって、そのとき世話になったんだ」

 劉備が説明しているあいだに、関羽が密かに周囲を窺いつつ、玉兎にそっと耳打ちした。

「そなたも来ておられたのだな」
「もちろんです。わたしは虎の牙ゆえ⋯⋯」

 薄く笑う玉兎に、しかし関羽は少々心配げな視線を向けた。関羽は──いや、関羽だけではなく、劉備と張飛も、玉兎が本当は女だということを知っている。

 彼女とは、黄巾賊討伐の折に、劇的な出会いを果たした。張三兄弟との戦いのさなか、吹き飛ばされた自分たちを助太刀するように飛び込んできたのだ。だが彼女は振り向き様の一太刀に弾き飛ばされ、傷を負うのは紙一重で避けたものの、胸鎧が砕けた。その下に着込んだ服まで裂けて、三人は、玉兎が間違いなく女であるという膨らみをその目でばっちり見てしまったのだ。

「しかし⋯⋯大丈夫なのか?」
「ええ。孫堅さまもお許しくださっていますので」

 張三兄弟の一撃をいなしたあたり、彼女の腕は確かなのだろう。現にこうして軍勢に加わっている。が、関羽は彼女が張三兄弟に斬りかかったところをはっきりとは見ていない。女の身でこの場にいることがどれほど危険か承知しているのだろうかと老婆心のようなものが芽生えてしまう。

「よっ、久しぶり。相変わらずきれ〜な顔してんな」
「⋯⋯どうも」

 会話に割り込んで、気安く肩を叩いてきた張飛に、彼女はむっと口調を強張らせた。とはいえ本気ではないようで、相変わらず薄く笑んだままだ。しかし周りに目があるからだろう、態度は小馬鹿にされたと言わんばかりのものだった。

「彼は曲がりなりにも将なのだぞ。そのような物言いはやめろ」

 ことさら"彼"を強調し、関羽は張飛の手を退けさせた。張飛はぱちぱち瞬きし、口を開きかけて──

「静まりなさい」

 甲高い声に、全員が目をやった。指揮棒を突きつけながら歩み寄ってきた侠は尊大な態度で続けた。

「この輝かしい反董卓連合軍に参加できるのは、選ばれし群雄のみ! 我々は、お前たちの参加を許した覚えはありませんよ」
「⋯⋯袁術さま」

 侠の名を呟いた玉兎が膝を着いた。それを見て、張飛は眉を潜める。彼女が自ら膝を折るような相手にはとても見えなかったからだ。玉兎は物静かで心根は優しいが、気高い女でもある。真にこうべを垂れるべき相手を間違えるような女でもない。

「あ? なんだよ、このうらなり野郎は?」

 鎧こそ立派だが、中身がそれに相応しいかどうかは怪しい袁術にのっけから馬鹿にされ、張飛の短気が遺憾なく発揮されてしまった。

「う、うらなりぃ!?」

 あんまりな言われように、袁術はあからさまにショックを受けた。貴族の彼は真っ向からこんな物言いなどされたことがないので当たり前だ。関羽が張飛を窘めるあいだに、公孫瓚が慌てて三人に囁いた。

「こちらは連合軍の副将、袁術様だ」

 張飛と袁術がさらにやり合っている隙に、玉兎の姿が消えていた。公孫瓚は視線を走らせ、孫の陣幕のほうへ去っていく背中を見つけた。こちらの視線に気付いたか、玉兎はわずかに目を向けてきた。刹那、互いに捕らえた瞳のその色に、息を飲んでしまう。
 誰にも気取らせず場を後にするなど、あれは間違いなく相当の手練だ。人前にほとんど姿を見せず、兵卒にすら狂犬と称されてはいるが、やはり孫一族の懐刀といったところなのだろう。劉備も随分と親しげに話しかけていたし、もしかしたら、兵には誤解されているだけで案外気の良い侠なのかもしれない。後で劉備に詳しく聞いてみよう。

 公孫瓚は、そのとき自身の胸に吹き込んだものにまだ気付いていなかった。






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