──空腹とは如何様にも抗い難い。

 久しぶりに腹一杯に飯を食った感想は、幸福とはまさにこういうことかというものだった。咎人が人並みに幸福を感じるなどまったく罪深いものである。
 ともかくとして、曹操は信長との出会いを経た。彼のその在り様には思うところもあり、言われるがまま戦場へ着いてきたものの、焼け付くようなその空気さえ懐かしかった。ひりつく肌に、自身がまだ武人としては死んでいなかったらしいことに自嘲しかない。護るために戦いを覚えたはずが、いつから強者との戦闘に心を躍らせるようになったのか。武の道に在る者は大抵そういうところがあると分かってはいるが、これではあの呂布のことを言えたものではない。信長にしてもそうだ。

「⋯⋯あれが、ただひたすらに力だけを求めた者の姿か⋯⋯」

 その鬼神のような戦いぶりを見て、自分もああだったのだなと思う。玉兎が命を懸けてでもとめようとしたのも当たり前だ。信長の姿には、何故だか不思議とどこか痛々しささえ感じる。

 ──力。それがあれば。それでも⋯⋯救えると思っていたんだ。

 “──本当に?”

 幻聴めいて、彼女の声がする。
 もしもいま、ここに立っているのが自分ではなく玉兎だったら。彼女ならどうするだろう。本人に問うより先に、答えは出ている。

 記憶の中の玉兎との語らいは、曹操の心境に少しばかりの変化を齎していた。
 死に場所を求めているのに変わりはないが、しかし、もう少し建設的になるべきではないか。悔やみ、苦悩するばかりで、いまだ償いらしい償いを何一つ成していない。自分を責めるだけなら容易く、悔恨に身を悶えているのは楽だ。苦しみを受けることで満足感を得ている自分がいる。それこそが逃げではないか。自分を痛めつけるのも結構だが、いい加減、まずは行動すべきではないのか。

 成すべきことを成す。いつだって。
 私は⋯⋯今度こそ、間違っていないよな。

 “あなたの心のままに”

 彼女は微笑った。永遠の中で、誰にも穢されることのない純潔の白い月のまま。






表紙 トップ